容一と別れてから二ヶ月。
新年を迎えた街は、静かだった。
あゆも自宅で正月休みを満喫している。
「あー…つまんない!!ゆりは彼氏とデートだって言うしー!!」
しかし、その叫びに答える者は誰もいない。
本来なら父、母、兄がいて賑やかなはずのリビング。
その賑やかな家族は、それぞれの予定で外出中。
よって今はこの家にあゆ一人。
リビングのソファーに横になったまま、テレビを見たり、小腹がすけばみかんを食べ、テレビを見ながらうたた寝をする。
これを何回か繰り返してから、耐え兼ねたように叫んだのであった。
ソファーの上で体を小さく丸める。
「やっぱり一人は寂しいな…」
色々な意味を含めてそう呟いても、誰も答えないし、暇な時間は減らない。
寂しさを埋めてくれるような人もいない。
またテレビに視線を戻す。
「正月のテレビ番組って、何でつまらないのしかないのかなぁ…」
冷たい視線を画面に映るお笑い芸人に向けてから、テレビを消す。
何かやる事あったかな・・・と少し考えたものの、やるべき事は見つからない。
とりあえず携帯を開き、ネットに接続する。
ニュース、ファッション、音楽、アニメ、映画、ゲームと一通り気になるページに
アクセスしてみた。
それでも、この暇な時間を全部使う事は出来ない。
ゴロゴロと体勢を変えながら、面白そうなページを探してみる。
「ん?都市伝説か…面白そう!!暇つぶしには、もってこいだし!!」
ワクワクしながら、サイトを開く。
黒の背景に赤い文字で大きく都市伝説と書かれている。
項目ごとに分かれた、おどろおどろしいアイコンがずらりと並ぶ。
怖い話が好きなあゆでも、さすがに先を見る事を躊躇うデザインだった。
一通りのジャンルに目を通す。
恐怖系、医学系、感動系、実話系、宇宙人系…
それぞれのページには題名と投稿者の名前がずらりと並ぶ。
どうやら、経験談や聞いた話を投稿する事で成り立っているサイトのようだった。
みんな色んな体験をしてるんだ、なんて関心していると一番最後に『恋愛系』と書かれた項目があった。
迷わずそこをクリックする。
「うわっ…恋愛系でも、怖い題名ばっかり…。」
その中から一番怖くなさそうな題名を見付ける。
『夢』と書かれたそれをクリックする。
そのページの内容は、都市伝説と言うよりも誰かの独り言のようだった。
黒の背景に、赤い文字が浮かび上がる。
『どんな夢でも内容を記憶に残すべきだ。
夢にはお告げが含まれている場合もある。
私はそこから、幸せを手に入れる。』
それだけ。
でも、不思議とすんなり心に入ってくる文章だった。
「夢から幸せを手に入れる…そんな事があるのかな。」
少女マンガじゃあるまいし、実際にそんな奇跡みたいな事が起こるわけがない。
でも、何故かとても心に残る文章だった。
これを投稿した人物は『眠り猫』とある。
「これって不思議な文章なら、何でもありな感じのサイトなのかな?でも、投稿に
制限はなさそうだし……ってか『手に入れる』ってこれからの予定?もしかし
て、この人は夢からのお告げを受け取れるのこも!?」
考えれば考える程、気になる。
いても経ってもいられなくなったあゆは、迷わず「眠り猫にメッセージを送る」を選択していた。
『眠り猫さんは、夢からのお告げを受け取る事が出来るんですか?』
…―送信―…
返事が来るかドキドキしながら、しばらく待つ。
10分待っても、30分待っても、1時間待っても返事は来なかった。
眠り猫からの返事を待ちながら、サイト内を隅々まで読んでみる。
最終更新日が「2008年10月09日」となっていた。
いまから4年も前。
これじゃ、返事が来るはずはない。
「ま、この手のサイトっこんなもんだよね。まぁ、時間は潰れたし……よしとするか。
あれ、もうこんな時間なんだ。集中し過ぎて気が付かなかった。」
眠り猫から、夜ご飯をどうするか、にすっかり頭の中を切り替え、ネットへの接続を終わらせる。
キッチンへ移動して冷蔵庫の中を覗くと、お餅が入っていた。
正月と言えばお餅。
お餅に手を伸ばしかけて、正月になると朝も昼もお餅だしなぁ、と思い直す。
一人だから豪遊してやろうかとも考えるが、結局レトルトカレーで簡単に夜ご飯を済ま
せる事に決めた。
一人分の食器をさっさと片付け、食後のティータイムがてら、しばらくテレビを見る。
あちこちチャンネル変えるが、大した番組がやっていない。
「…つまんない。」
テレビを消して、天井を仰ぐ。
特に何もしてないけど、今日はなんだか体が疲れている。
お風呂でゆっくり湯船に浸かって早めに寝よう、と決める。
やる事があれば、テキパキと行動が出来る。
たかが湯船に栓をして、スイッチを押すだけ。
それでも、なんだか充実感がある。
「…暇って恐ろしい。」
そんな事を考えているとお風呂が沸いた。
『お風呂が沸きました』
なめらかな音楽の後に続いて、アナウンスしてくれるお風呂。
そんな無機質な声にでも、つい親しみを感じて「はーい」なんて返事をしてしまう。
「…孤独って恐ろしい。」
一人で突っ込みを入れながら、服を脱ぎほんわか暖かい浴室に入る。
湯船に、だいぶ前に友達からお土産でもらった、なんだか高級そうな入浴剤をいれる。
白色になった湯船に浸かる。
一息つくと、ふと眠り猫の事を思い出した。
メッセージを送信してから4時間が経っている。
「……返事きてるかな。」
お風呂から上がり、ベッドに横になりながら先程のサイトを開いてみる。
やはり、返事はなかった。
だよね、と小さく言う。
また適当にサイト巡りをしていると、気が付かぬうちに深い眠りに落ちていった。
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その夜、あゆは夢を見た。
夢を見ながら
”あぁ、きっと都市伝説のサイトを見たからその影響でこんな夢を見たんだ”と感じる。
あゆは穏やかな雰囲気の中、西日が差し込む廊下で話をしている。
目の前にいるゆりが高校の制服を着ている。
もちろん、あゆも着ている。
高校の制服なんて何年ぶりだろ、相変わらずゆりは可愛いな、と思いながら周囲に目を向ける。
教室、グラウンドが見えるが誰もいない。
懐かしい高校時代の学校というには、どこか少し景色が違っていた。
高校時代の夢なのかなぁ、と思っていると廊下の向こうから一人の男子生徒がゆっくりとやってくる。
すらりと背が高く学ランを着ていて、背中には何かの大きめのボールをしまうバッグを背負っている。
そこでふと違和感を感じた。
『あれ…?うちの高校って、男子もブレザーだったはずだよね…あの子は何で学ランなんだろう。』
彼は静かに二人に近寄ると、声を掛けてきた。
「中藤あゆさんですか?」
「そうだけど…何ですか?」
さっきまでの穏やかな雰囲気が、スッと変化する。
あゆは、この感覚に覚えがあった。
”告白される”
夢の中なのに直感でそう思った。
身構えるあゆをじっと見つめながら、彼は意を決したように口を開く。
「ずっと好きでした。僕と付き合ってください。」
あゆの隣では、ゆりがニヤニヤしながら、ほら返事しなよ、と肘で小突いてくる。
夢の中だしOKしちゃおう!と思った瞬間、夢の中のあゆは正反対の言葉を告げる。
「知らない人とは付き合えません。」
なんで断る!?と夢の中の自分にブーブー文句を言う。
視線は自然と彼に向けられた。
ちょうど影に隠れ、その顔はよく見えなかったが、声も雰囲気も知り合いにはいないようなタイプだった。
そもそも、あゆは一般女性より背が高かった。
そのあゆが視線を合わせる為に、上を見上げなくてはならない男性なんて滅多にいない。
いたら絶対、記憶に残っているはずだった。
「そうですよね。知らない人とは付き合えないですよね。」
あゆに交際を断られても、その男子生徒は最初からその返事を知っていたかのようにあっさり答える。
そして、彼はあゆを見つめたまま名を名乗った。
「僕の名前を覚えておいて下さい。」
それだけ言うと、彼はこちらに背を向けて廊下の向こうに歩いていく。
その背中を不思議な気持ちで眺めながら、たった今聞いたばかりの名前を心の中で必死に繰り返す。
夢から覚めても忘れないように、と強く思ったのだった。
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