『別れよう。』
冬の訪れを感じる11月の夕方。
近所の公園で親友に見守られる中、そうメールを送ったのはあたしからだった。
呼吸と共に流れていく白い息が、寒さを物語っている。
でも、あたしの体は緊張からか寒さを感じない。
いつ返事が来るか、長期戦になる事も考えていたが、予想に反して3分後すぐに彼からの返信が来た。
早くなる鼓動に急かされるようにメールの内容を確認する。
句読点もない、簡潔なメール。
あまりにも簡潔過ぎて、もう一度内容を確認するがやはりそこには4文字しかなかった。
『わかった』
二人の関係は終わった。
そう思うと、力が抜けると同時に心臓を中心に一気に体が冷えていく。
もしかしたら、引き止めてくれるかも…なんて淡い期待は、見事に打ち砕かれた。
この短い言葉だけでも、彼の気持ちは十分に伝わってくる。
”お前なんかどうでもいい”
彼が何の感情も持たず機械的に返信している姿が目に浮かぶ。
携帯を開いたまま半ば放心状態で空を見上げ、ふと思う。
別れとは悲しくて苦しいはずだ、と。
しかし涙が出なかった。
不思議に思っていると、隣で事の成り行きを見守っていた親友が声を掛ける。
「どんな酷い恋愛でも、そこから必ず何かを学んでいるはず。次はもっと素敵な恋愛が出来るよ。」
親友はいつになく力強く言い、その瞳を向ける。
夜の訪れにも輝きを失わない親友の灰色の瞳は、あたしの冷え切った心を一瞬で溶かす程に優しく、温かかった。
*************************
容一とは、飲み会で知り合った。
付き合い始めて4ヶ月の彼氏に二股をかけられ別れた9月中旬、気晴らしに参加した飲み会
に彼はいた。
姿勢が正しく、引き締まった体。
容姿端麗とまではいかないけれど、さわやかな笑顔が魅力的。
周りにもきちんと気を遣える。
剣道一筋で全国大会にも出場する程の腕前。
合コンの男性メンバーの中で一番誠実そうに見えた。
「あゆちゃんって何歳?かなり若く見えるけど。」
そう呼ばれて飲んでいたグラスをテーブルに置く。
声の方に視線を向けると、少しウェーブがかった髪がふわりと揺れる。
その大きな瞳で声の主の顔を捉えると、あゆは微笑んで答えた。
「11月で21歳だよ。」
「え!?俺の一歳年上!?年下だと思ってた…」
彼は純粋に驚いたように声を上げると、また話を始める。
自分の事、あゆの事。
飲み会の時間中、彼は積極的に話しかけてきてくれた。
色々と話しているうちに、容一に興味が沸いてきた。
彼が話す言葉、どんな些細な情報も次々に自分の中にインプットされていく。
スポーツに真剣に打ち込んでいるところも素敵だし、悪い人ではないだろう、と思った。
「ちなみに、あゆちゃんって彼氏いないの?」
「いないよ〜。一週間前に別れたばっかり。」
楽しい雰囲気も後押しして、傷心して落ち込む気持ちを少しでも誤魔化そうと、いつもより
飲むペースが早くなっている。
その結果、本当は辛い事でも、何でもない話でも面白くて仕方がない。
元彼の話でも笑って答える。
ほんのり赤く色づいた頬のあゆは「二股かけられてたんだよね〜」と笑いが止まらない。
ケラケラ笑っていると、手に手を重ねられた。
少し力を入れて握られる。
「そっか。じゃあ、あゆちゃんの彼氏に立候補しようかな。」
手を握られた事に少し驚きながら、どうせ口だけでしょ、と大笑いしながら隣を見る。
そこには容一の真剣な顔あった。
その表情に思わず言葉を返せないでいると、容一は「ごめん。急すぎたね。」と照れ笑いを
浮かべる。
一瞬でほろ酔い気分から引き戻された。
傷心のあたしは、こんなありきたりな口説き文句でも気持ちが浮わつく。
「まずは、どっか一緒に遊びに行かない?少しずつ仲良くなっていこう。」
ダメかな?と、顔を覗き込まれると断れなくなる。
「い…いいよ。どこ行く?」
それを聞くと、容一は嬉しそうに笑った。
それからデートを繰り返した後、心躍る言葉を言われた。
「付き合ってくれないかな。」
熱い視線を向けて、夜景の綺麗な港をバックに彼は言う。
告白されるなっていう予感って、意外と当たる。
それに、告白前に空気が変わるっていう感覚も感じやすい方だと思う。
だからその日、容一から告白される事はなんとなく分かっていたし、自分が快諾する事も分
かっていた。
「あたしで良ければ…よろしく!」
あたしが付き合うことを承諾すると、彼は今までにない明るい笑顔を見せた。
この笑顔がずっと隣にあって、あたしもいつまでも笑っていられるんだろうなって、温かい
気持ちになったのを覚えている。
付き合い始めて二週間。
あからさまな要求が増えた。
「今度のデートは、あゆが俺の家の方にきてよ。」
「外に出るのだるいから、明日のデートは俺の家に来ない?」
「今日さ、泊まっていけば?」
「そろそろ、キス以上の事したいんだけど。」
家に行くのはまだ早いよ、そう何度か断っていたら急にデートのドタキャンが増えた。
連絡もなかなか取れなくなる。
あゆが不振に思い始めた頃、親友から聞かれた。
「容一君とはうまくいってるの?」
「んー…分かんない。ゆりは最近どうなの?」
「何で話を逸らすの?…なんか、あった?」
ゆりは真っ直ぐに灰色の瞳を向けてくる。
何もかも見透してしまいそうな瞳とその外国人風の容姿に動揺してしまう。
別に具体的に何があったわけではない。
お金を無心された訳でも、無理やり体を求められた事もない。
そもそも恋人同士なら、求められる事は当たり前なのかもしれない。
でも、容一は口を開けばそればかり。
彼の言葉や態度を思い出せば思い出すほど、彼への不信感が堰を切ったように溢れだす。
今までの事を口にすればする程、顔を背けていた事実に気が付く。
ゆりの表情もどんどん曇っていった。
「そんな男、別れなよ。明らかに体目的だと思うよ。」
言われなくても、薄々気が付いていた。
ただ、人から言われるとやっぱりそうなのか、とガッカリする。
「やっぱり、そう思うよね…あたしもなんとなく思ってたんだ。」
前回は「二股」
今回は「体目的」
容一との間にも大した思い出はないけれど、それでもなんだか悲しかった。
それと同時に惨めで哀れな気持ちが沸いてきた。
あたしは、一番になれない。
唯一無二の存在になれない。
性格がそうさせるのか、2番目の気質があるのか。
何が悪いのか分からない。
ただ自分の男を見る目のなさを悔やんだ。
「ゆりに話して良かった。容一とは別れるよ。……今すぐ!!」
「うん。そうした方が良いよ。あゆには、もっと素敵な人がいるって。」
ゆりは優しく微笑んでくれた。
いつになったら、本当の恋愛が出来るんだろう。
いつになっても、学ばないあたし。
次こそは、絶対。
絶対に愛のある恋愛をしてみせる!!
そう意気込みながら、あゆは容一にメールを送ったのであった。
|
|