「バカね、ちひろはそんな女じゃないわよ。そんなことしたら自分の価値を下げるだけじゃない。いまは辛くてもそのうち、次の恋が出来るわ…ね、ちひろ」 亜季は励ますようにちひろの背中をさすった。
ちひろはとまどうように、緩やかに微笑みながら、しかしどこか落ち着いた様子で 「ありがとう亜季。でも、もういいのよ。彼は今日永遠に私たちのものになったから…」 グラスを両手でもったまま、ちひろは小首をかしげて吐息のように笑った。 「どういう…こと?」 飲みかけていたグラスを止めて玲美がちひろの顔をのぞき込んだ。 「彼はね…一馬は…今日から私たちの中で永遠に生き続けるの…私たちの一部として…」
ちひろの言葉の意味が急には飲み込めずに、誰もが言葉を失っていた。 「ちょ…ちょっとまてよ…彼って、一馬のこと?オマエ一馬とつきあっていたのか!ホンとかよ…」 ようやく勝が、状況を飲み込むように質問をした。 「ちひろ…そうなの?じゃあ、その友達って…もしかしたら…」 「そうよ玲美、あなたのことよ…」 勝と亜季と亮介が驚愕の声をあげて顔を見合わせた。 「そんな…そんな…だって一馬は一言もちひろのことを…。そんな…そんな…」 玲美も何がどうなっているのか、おろおろと気が動転して言葉が続かない。 「そんなに驚かないでよ玲美。彼は私の存在を言わなかったんでしょ?言うわけ無いわよね…安心して玲美。あなたを憎んでるわけでもないし…責める気はないわ。あなたは知らなかったんだものね…でも、どうしても快くあなたの元に送り出すことも出来なかった…玲美、わかるでしょう?私にとってあなたは本当に大事なかけがえのないお友達なの…もちろん亜季だってそうよ…そして亮介、勝…ここにいるメンバーすべてが私の宝物なの…わかって…だから、みんなで一馬を共有するしかなかったの…」 「きょ…共有ってどういうことだよ…」 勝の声が乾いてしゃがれている。 「仕方なかったの…もし、彼が玲美のとこに行ったら、もう私たちのメンバーはおしまいよって言ったのに…何度も考え直してって言ったのに…一馬は…」 「ちひろ…?一馬は…一馬は今…どこに…いるの…」 ほの青い闇が差し込む中で玲美の顔はひきつり、じりじりと壁に後ずさりながら両手で口元を覆い、目だけが恐怖に見開かれていた。 意外な質問でも受けたように、ちひろが 「聞こえなかった?いま言ったじゃないの。一馬は永遠に私たちと一緒だって…今夜の闇鍋…おいしかったでしょ?」 沈黙を裂くように、玲美の悲鳴と誰かが嘔吐したのが同時だった。 ねばりつくような空気のなかで暗闇だけが確かなもののように、恐怖の戦慄へと誘う…。 隣のバスルームのゴミ袋からは、ドアの隙間を縫って異臭とも言える生臭さが這い出してリビングに忍び寄ってくる。 次の瞬間、部屋の電気が再び点り、いつもの穏やかな笑みを浮かべながら立っていたちひろの瞳は相変わらず濡れたように黒く艶やかで美しかったが、既に正気のそれではなかった。
―死んだらどうなるんだろう…あの世とか黄泉の国って本当にあるのかなー
ちひろの耳に一馬の口癖がリフレインする 一昨日の夜… お酒の中に強い睡眠導入剤を入れたものを一馬に飲ませた。 あとはバスルームまでまで運んで…バスタブに沈めただけ…思っていたよりも、わりとあっけなかった気がする… 解体作業は大変だったけれど…外科医の見よう見まねで…
―七人ミサキ…水死したものは、自分が死んだら七人の仲間を連れていかないと成仏出来ないとか…一馬は水死になってしまうのかしら―
病院から持ってきた業務用の大きな厚手の黒いビニール袋が、形を留めなくなってしまった一馬をすっぽりと覆っている。
―淳は大丈夫かしら…インフルエンザから命を落とす例も少なくない…そしてあたしたち…かつてパプアニューギニアに人食い人種がいて人の肉を食べることでクールーという中枢神経を患う病気があったらしいけど命にまで関わるかどうか…でも、もしそれで命を落としたとしたら…連れて行かれるのは…私たち六人と…もうひとりは…― ちひろはまだ膨らみが目立たない腹部にそっと手をあてた…
数は合うらしい…
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