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作品名:闇汁 作者:咲谷実里

第5回   5
暗い部屋の中で、グツグツと鍋の具材が煮え立ち食欲をそそる香りが空腹を刺激する。
「うん、うまい…味噌のだしがすげ効いてるよ」
待ちかねたように亮介が、最初の一口を運んで唸った。
「あったまる〜」
「闇鍋にしちゃまともだよな…」
「ほんと、みんなが持ち寄った食材が一致したの初めてじゃない?」
めいめいに、小鉢に鍋の具材をとりわけながら、舌鼓をうった。
「スープとメインの肉はちひろだよな?」
「そうよ」
「これ、何の肉?」
「やあね…教えたら闇鍋にならないでしょ?当ててみて」
「牛肉や豚肉とは食感が違うし、いのしし?食ったことねえけど…いやシカかな」
勝が首をかしげると、玲美も
「本当…なんかあまり食べたことないような不思議な食感よね…案外輸入もんの高級肉だったりして」
「でも、生姜とかニンニク入ってるせいか、体が温まるっていうか汗をかいてくるわね。風邪の時は効き目ありそう」
亜季が着ていた白いセーターを脱いで、Tシャツになるとふうっと深呼吸してパタパタと両手で紅潮した顔を仰ぐマネをした。
「じゃあ、次誰行く?恋多き女の玲美っ!」
勝がパチパチと拍手をすると、皆もこぞって玲美に向けてやんやと拍手をした。
使命を受けた玲美はまあまあという仕草をした後で、居住まいを正すと、わざとすましたように語り始めた。
「じゃあ、とっておきの失恋話をするわね。私の究極の失恋は中2の時ね。当時私は数学の羽田先生に夢中だったの。思えば、あれが初恋だったのかも…少し神経質な感じで無口な先生だった…あの当時で確か三〇歳だったかな。寝ても覚めても羽田先生のことばかり考えちゃうの。結婚したいとさえ思ったわ」
演劇のポーズでもとるかのように玲美は両手を胸の前で組むと遠い目をした。
「中学生で、結婚まで考えないでしょ、フツー。玲美ってやっぱり早熟」
亜季の言葉を遮るように、玲美は尚も話を続ける。
「まあ、聞いてよ。そしたらさ、同じクラスでみゆきちゃんってすごく頭が良くて、顔も日本人形みたいに可愛らしい子がいたの。なんと、その子も羽田先生を好きだって事がわかって、このままじゃ先生はみゆきちゃんに盗られちゃうって焦った私は、一世一代のラブレターを書いたわけ」
「オーバーなやっちゃな…」
亮介が可笑しそうに肩を揺すって笑っている。
「うるさい、その頃は必死だったの!」
「それで?」
ちひろが間髪入れずに聞いた。
「それだけよ…結局先生からは何の返事ももらえなかったの」
「それのどこが究極なのよ」
「って思うでしょ?ところがここからがドラマなのよ。可愛い十四歳の玲美ちゃんの淡い初恋はこうして幕を下ろしたかに見えたのに…三年前、中学時代のクラス会に行ったの。そこには、みゆきちゃんも来ていて…なんと名字が変わっていたの!『羽田みゆき』になってるじゃない!」
「え?それってもしかして…?」
「そう!みゆきちゃん、羽田先生の奥さんになっていたのよう〜。なんでも高校卒業して二人は偶然に再会したんだって。そこから懐かしい思い出話が積もり積もって…」
「そのうち、恋心が一気に積もったと?」
「そう…」
「そりゃ、究極の失恋だわ…玲美ちゃんかわいそうでちゅねえ…」
亜季が、幼児の頭をなでるように、玲美の頭をなでなでする姿が笑いを誘った。
「神様もひどいわよね。偶然再会したのがみゆきちゃんじゃなくて私だったら、今頃私が羽田玲美になっていたのにさ…」
「だからオマエは短絡的なんだよ。その先生はな、相手が他の誰でもないみゆきちゃんだったから二人は恋に落ちたわけで、出会うべくして出会った二人なの。玲美が入り込む余地なんて最初からなかったんだよ」
勝に諭されて、玲美はグラスに半分ほど残っているぬるいビールを一気に流し込んだ。
「でも、どうなのかな…それまで完全に教え子と教師だった二人にいきなり恋愛スイッチって入るもんなのかな?」
酔いが回ってか、亮介のろれつが少し妖しくなってきている。
「んー…ただ、教え子だったのは中学生の時だったから、当然その時はスイッチなんか入るはずないでしょ?でも数年して、さなぎから蝶になった教え子に再会したら、まず懐かしいという親近感…加えて女性らしくなっていたビジュアル的要素…これが見事に合致して…スイッチオン!だったら十分考えられるじゃない」
亜季の言葉に
「じゃあ、さっき勝が言ってたことと違うじゃないよ〜。いまの亜季の説明なら、別にあたしでもいいじゃんか。しかもあたしはラブレターまで送ってんだぞ。あたしの方が印象に残っててもいいはずでしょ!」
玲美もほどよく酔っているようで、食い下がってくる。
「だって…出逢えなかったんだから仕方ないよ…みゆきちゃんとやらが先に出逢っちゃったんだから…要はタイミングが悪かったってそれだけ」
ちひろは概ね具材が無くなってきた鍋の残り汁に、冷や飯を入れておじやをつくる準備をしながら笑った。
―恋なんていうものは、わずかなタイミングの悪戯に左右されて、支配されてしまうのではないかー
木べらでかき混ぜると、白いご飯に味噌だれが絡んでいくのがわかる。
「そうそう、記憶に残る女と記録に残るは違うってことさ」
亮介は、自分が言われた事をふまえるように、空になっている玲美のグラスにビールを注いだ。

時計は八時半を過ぎていた。


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