結局、青木亮介、千田勝、土井玲美、野月淳、藤川亜季、後藤一馬、そして安部ちひろの七人が同学年で最後までサークルに残った。このメンバーとは卒業して四年たった今でも二ヶ月に一度のペースで会い、冬場になると「闇鍋の会」と称して誰かの部屋で集まっている。 「闇鍋」というだけあって、そのときの鍋の材料は誰が何を持ちよるのかによって何が入るかは全くの秘密で、明かりを消して真っ暗にした部屋の中で、それぞれが持ち寄った鍋の材料を一人ずつ順番に鍋に入れる。鍋と言うよりは一種のゲームのようなもので、おそるおそる食べるスリルを楽しむのが目的でもあった。 ―肉の臭みは下ごしらえして消してあるし、だしもショウガと味噌をたっぷり利かせてあるから大丈夫だとは思うけど…― ちひろは、肉を載せてラップをかけた皿の方にちらりと目をやった。肉の臭みを消すために昨日から何度か下ゆでをしてあく抜きもした。どうせ闇鍋なのだし、さほど気にするほどではないと思いながらも、神経質な自分の性分はどうしようもないと苦笑してしまう。今夜の集まりに備えて、昨日からこの部屋のリビングはもちろん、バス・トイレも掃除したが、ゴミだけは指定日以外は管理人がうるさいので、出すわけにはいかずにバスルームの隅に匂いが出ないように、厳重に処理してまとめてある。 ―明日は可燃ゴミの日だから、早めに起きて出さなくちゃ…冬とはいえ今日で三日目だから、匂いもしてくるし…― いつもなら一週間に一袋も出れば多い方だが、今回は先週の金曜日にゴミを出した直後に、思いがけなくゴミが出てしまった為に仕方なくバスルームに仕舞い込んである。おかげでちひろは昨日、今日と近場の銭湯に通う羽目になっていた。 ―今日一日の辛抱だわー 看護師という仕事をしている事もあって、夜勤も多くなかなかゴミの指定日の朝に出せない事も多いので、生ゴミなどの匂うものは、いったんビニールに入れて冷凍庫でフリーズさせ、ゴミ捨て当日の朝に凍ったまま指定のゴミ袋に入れて出すようにしている。 この部屋は、大学入学時に入居したから既に八年は居住していることになる。洋間のワンルームだがキッチン部分を除いて一〇畳ほどはあるので独り暮らしには丁度良い。アパートの隣が公園なので環境的にも静かなところが気に入って大学合格が決まって、長野から両親と見に来たときに速攻で決めた。 角部屋なので、ベランダを空けると隣の公園の桜の木の枝が手を伸ばせば触れることが出来るところまで伸びているのも、ちひろは気に入った。ベランダでビール片手に「一人花見」も悪くないだろうと想像した。築十五年ということだったが、部屋の壁紙はすべて真っ白にリフォームされていたせいか、新築のような部屋に見えた。 「ここ、気に入ったわ。この部屋がいい」 「そうね、駅からも近いから便利よね」 母親も満足げに部屋を見回しながら、うなずいた。 ちひろが気に入ったのならと両親も、了承しすぐに契約したのだった。 大学へは、電車で二駅ほどだった。 ちひろは大学を卒業してから看護学校に入り国家試験も一度で合格した。いまの外科病院で勤務するようになって、電車の乗り換えも入れると片道四〇分はかかるが、引っ越しも面倒だったし、なによりこの部屋が気に入っていたので、そのままこの部屋を継続して契約している。
―そろそろね…― ふたたび時計に目をやる。 白やアイボリーで統一されたこの部屋の中で、壁に掛かった赤い電磁波時計は唯一のポイントカラーになっていて、大学の入学祝いに両親から送られた物だ。 あ、と小さな声をあげてちひろは慌ててサイドボードの上に飾られた写真立てを引き出しの中にしまいこんだ。 ―あぶない…うっかりしていたー 銀色のフレームの中には、おそらく一番幸せな顔をしている自分と恋人が仲良く寄り添っている写真が納まっていた。 灰色にススキの模様があしらわれた使い込まれた土鍋は、ちひろが独り暮らしを始めたときに買ったものだ。ここ数年「闇鍋の会」が発足してからは季節を問わずに出番が増えている。その土鍋が乗ったガスコンロのつまみをカチっとまわした。青白い炎が勢いよく点火したのと、玄関のチャイムが鳴ったのが図ったように同時だった。
「いや〜、つめてぇ…このみぞれで駅から来るまでにスニーカーがびしょびしょだよ。ちひろ、悪いけどこれ中に入れて乾かしてもいい?」 玄関口で靴下も一緒に脱ぎながら、両手にスニーカーをぶら下げながら水浴びでもしてきた子供のようにジーンズの裾をまくりあげながら、青木亮介が抜き足で入ってきた。フード付きのグリーンのパーカーもフードのところがべったりと濡れていた。おそらくパーカーのフードをかぶってここまで小走りで来たのだろう。そろそろ二七にもなろうかというのに、こんな子供っぽいところが亮介の魅力でもあるのだろう。 一番乗りで千田勝が到着し、続いて玲美と亜季が時間ぴったりにやって来て、少し時間をおいて亮介が来たのだった。 「遅いよ、亮介。ところで一馬には連絡とれた?何回かけても出ないんだよ、あいつ。なんかあったのかな」 先に缶ビール空けて一杯やっていた勝が一口飲みながら、携帯電話の発信履歴を確認している。 「あ、淳はインフルエンザらしいわよ。昨日から熱が40度まであがって大変みたい。今朝ゾンビみたいな声で電話があったわ、だから今日は欠席するって。鬼のカクランってやつ?淳でも風邪ひくのね」 藤川亜季が可笑しそうに笑う。 「亜季ったら…風邪じゃないわ、インフルエンザよ。高熱が続いて辛いんだから…。笑っちゃかわいそうよ。ちゃんと食事してるかしらね…」 ちひろは、こうした話題になると職業病なのか、それとも元から世話女房タイプなのか母親のような口調になる。 「一馬のことは、心配しなくても途中から乱入してくるわよ。気にしないで始めましょうよ」 亮介の濡れたスニーカーをヒーターの吹き出し口あたりに置き、パーカーと靴下をハンガーに掛けヒーターの真上にあるカーテンレールにひっかけると、ちひろは皆を席に促した。
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