【闇汁…冬などに、各自思い思いに持ち寄った食物を、灯を消した中で鍋で煮て食べる遊び。また、その煮たもの。闇鍋。闇の夜汁】
―あら、みぞれだわー 朝から降り続いていた秋時雨だったが、雨音が止んだと思ったら、いつのまにかみぞれへと変わったらしい。ふいに窓の外に目をやると、表の公園の外灯に反射してシャーベット状のみぞれが重たげに降っているのが見えた。夕方になり幾分部屋の温度も下がったように感じ、ちひろは窓際に設置されたヒーターの温度を二度ばかり高めに設定した。関東といっても十二月に入ると、冷え込みも厳しく、時にはコタツでも欲しくなる。 はす向かいにかかった壁の時計は夕方の六時十五分を指している。部屋の中央におかれた白木の座卓テーブルの上には、土鍋と七人分の小鉢と割り箸、焼酎、ポット、ライムなど一通り酒の用意もしてあるし、ビールやワイン、ウーロン茶、ジュース、氷等は冷蔵庫の中で十分に冷えている。あとはメンバーが来るのを待つばかりだ。 今日は大学時代のサークル仲間達と月に一回の「闇鍋の会」の日である。ちひろは大学の頃、ホラー研究会に所属していた。当時は三〇人ほどのホラーやミステリーが好きな学生達が集まってサークルを作り、日本各地に伝わるオカルト話の実態調査や、怪奇現象などについて研究していた。 ときには夏季休校等を利用して地方に出かけ、幽霊が出るという廃屋ビルや病院跡に潜入し、その実態を深夜に調査するという活動なども行い、一度テレビ局の取材を受けたこともある。しかし、興味本位で入った大抵の入会者は、そうした肝試し的な奇怪な活動に文字通り肝を冷やし辞めていくものが多かった。 そもそも幽霊と呼ばれるものは存在するのか。存在するとしたら遭遇する人としない人がいるのは何故か、霊感と呼ばれるものを持つ人は他者と一体なにがどうちがうのか、霊による怪奇現象は何かの意味を持つのか、地方によって葬儀の儀式が違うのは何故か、怨霊という恨みを抱いた念だけがこの世に残るのは何故か… そんな数々の心霊テーマを題材に四年間サークル活動をしてきた。
―死んだら、どうなるんだろう…あの世とか、黄泉の国って本当にあるのかなー
一馬の口癖だった。 メンバーの中で、一番熱心に怪奇現象や心霊現象について調べていたのではなかったか。 「俺の実家がある四国地方の海岸部ではさ、水死した人は七人ミサキになるって言われてるんだ」 前回、玲美の部屋で闇鍋の会をした帰り道、ちひろは一馬と駅までの道すがらこんな話をした。 「七人ミサキって?」 「うん、七人ミサキっていうのは、仲間を七人取らなければ成仏できない、死者を七人連れて行くまで呼ぶって言われてるんだ…」 「なんか、似たような話を聞いたことがあるわ。七人ミサキのことかどうかわからないけど…でも、こわいわね…一馬、実際に七人ミサキの話を検証したことあるの?」 「ああ、俺が小学校一年の時、じいちゃんが漁で遭難して死んだんだ。その時、はじめて七人ミサキの話をばあちゃんから聞いた。ばあちゃんは言った ーすぐにじいちゃんが私を迎えにくるだろうねえ…あと六人は誰になるかー 俺は、ぞっとしたよ。子供心にも、じいちゃんの葬式の日に、ばあちゃんは連れて行かないでくれって必死に祈った…」 「それで?」 「じいちゃんの葬式が終わって三ヶ月もしないうちに、ばあちゃんは死んだ…残りの六人は誰なのか、俺はもし自分が連れて行かれたら、両親が連れて行かれたら…って毎日、怯えて暮らしたよ」 「その後、誰か死んだの?」 「その年の暮れに、近所で火事があって一家五人が逃げ遅れて焼死する事故があったけど…」 「それで…六人ってこと?あと一人…?」 「ああ、あと一人で七人…最後の一人は誰だろうって…」 「どうなったの?」 「わかんない…そのうち近所でも、どこそこのばあちゃんが死んだとかって言うのは数年のうちに何件かあったし、誰がじいちゃんの七人ミサキの最後の一人だったか…。でも、妙にこの話ひっかっかってるんだよな…」 「身内とは限らないわけね…」 「ああ、もし俺が死んだら…うちらのメンバーを七人ミサキになって連れて行くかな…」 「やめてよ…気味が悪い…それに、うちらの、メンバーは一馬を入れて七人よ。一人足りないわ」 「そうだな…最後の一人は誰にしようか…」
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