テラスに準備された朝食を、ヴァレリーはデヴと取るつもりだったが、 彼は治験の機材を運ぶため、先に食べていてほしいと彼女に話した。
ヴァレリーはそれを聞いて、ちょっと難色を示した。
でも、デヴの運転するバンに、今日一日、二人きりで移動するため には、どうしてもその必要な作業なのだと聞いて、ヴァレリーの 機嫌はすぐによくなった。
一方、二人の女性助手たちは、機材と共に、ヴァレリーと ベルホルトをコテージに運んだ車で移動することに決まった。
それはデヴの運転するバンとは違って、かなりの高級車 だったため、女性助手たちは喜んでいる。
一方、テラスでは、ベルホルトがヴァレリーと 一緒に朝食を取りながら、会話していた。
「ヴァレリー、君はJさまの有能な秘書なのに、 お傍におられなくて大丈夫なんですか?」
「ありがとう、ベルホルト。でも、私、あんまり有能な秘書でも ないのよ。その証拠に、もうクビですもの。昨晩、Jさまに 『私もう40歳になりましたわ』と言ったら、『そうか、おまえは もうお払い箱だな』と言われて、今週いっぱいで辞めるの、秘書…」
「それじゃあ、今の仕事は明日まで?」
「一応はね…。でも、実際には『おまえは、もうワシの前に顔を 見せるな! 連絡もするな! これから、おまえはおまえの好き なように生きろ』と言われて…。だから、クビも同然よ」
「でも、なぜ急に媚薬の治験なんかに参加を?」
「そうね…。自分でも分からないけど、『おまえの好きなように 生きろ』と言われて…、次の瞬間、頭に浮かんだのが、デヴの 顔だったの。それで、とりあえず彼に会うための口実だったの。 それに、昨日が私の妊娠のチャンスなっていうのも、大ウソよ」
ベルホルトはヴァレリーの話を聞きながら笑う。
「でも、ベルホルト、あなたそれを知ってたんじゃない? 隠し てもダメ! 顔に『カリギュラさまから、ヴァレリーをモノにし て来いと言われた』って書いてあるわよ」
ベルホルトは、図星という顔で頭をかく。 ヴァレリーには、とうの昔にバレていたらしい。
「ええっ、君の言うとおりです。カリギュラさまから、あれほど 男の運勢を上げる女はいないから、ぜひ妻に迎えたらいいと…」
「ごめんね。私、最初、あなたとデヴのどちらを選ぼうかと悩ん だの。あなたはエリートの銀行家で、ご両親も大変な資産家よ。 ルックスもいいし、スポーツも得意。胸板も厚くて男らしい男。 スタミナがあるだけでなくセックスの技量も最高よ」
「でも、君は、そんな僕じゃなく、デヴを選んだ」
「そう…。でも、私は彼を選んだけど、私は彼に選ばれたって わけじゃないの。もしかしたら、私が強引に、結婚を迫ったら、 彼は結婚してくれると思う。だって、彼、やさしいから…」
「きっと、そうだろうな。同性の僕から見ても、彼は信用のおける 男だし、彼が結婚したら、いい夫で、いい父親になると思うよ」
「あなたもそう思う? やっぱりね…。私もそう思う。彼と結婚 した女は幸せだろうなって…。でも、彼の本心はどうなんだろう って思うの。本当は好きな女性が、ちゃんといて、告白しようか どうか迷ってるんじゃないか、…って思ったりするのよ」
ベルホルトは、ワイングラスを 傾けながら、黙って彼女の話を聞く。
「そう、私、40歳。もし結婚しても、産める子供は一人か二人。 デヴより8つも年上。それに今まで数知れないほどの男と寝てき たわ。こんな薄汚れた女から『結婚してください』なんて、お願 いできないわ。だから、彼から結婚を申し込まれなかったら、潔 く諦めて、世界旅行にでも行こうかと思ってるの。でも、デヴに は内緒よ、あくまで彼自身の意志を尊重したいの」
ベルホルトは、ヴァレリーが泣いていることに 気づいて、そっとハンカチを手渡した。
「デヴは、幸せだよなあ。君からそんなに思われてるなんて…」
ベルホルトの声は、ワイヤレスマイクを通じて、バンに届いていた。 打ち合わせどおり、そこで待機していたデヴや二人の女性助手、 それにヴァレリーの車の運転手も、彼らの会話を聞いている。
デヴはヴァレリーの声を聞きながら目に涙をためていた。 女性助手や運転手も、こぶしを握り、笑顔で彼を見つめる。
それから、数分後、デヴがテラスに近づいてくるのを見て、ベル ホルトはニヤッと笑い、奥に行ってコーヒーのお替わりを取って くる、と言って席をはずした。
ベルホルトと二人の女性助手、それに車の運転手は、ヌーシャ デル湖に面したテラスから一つ隔てた部屋から二人を見ている。
そこからはテラス・デッキに座るヴァレリーの前に、デヴが跪き、 いつの間に用意したのか、花束を手に、今まさに愛の告白がなさ れようとしている。
二人が交わす言葉は直接聞こえないが、 そのやり取りをベルホルトが、適当にアフレコを入れる。
「私は、あなたの過去も、現在も、ぜんぶ受け入れます。ぜひ、 私と結婚してください。それで、二人で、未来をになう子供たち を大事に育てましょう。心から愛しています、ヴァレリー」
ベルホルトの語りのタイミングと合わせたように、ヴァレリーは デヴに抱きついて大声で泣き始めた。その光景は二人の女性助手 によって技術部に送信され、さらには、Jの元にも転送された。
「あの娘が、金持ちの御曹司ではなく、一介のエンジニアを選ぶ とはのう…。まあ、たまには、そんな御伽噺が、現実になっても いいのかも知れんの。いずれにしてもワシの作戦は成功したの じゃから、構わんのだがの。ワハハハ…」
エマは、ヴァレリーとデヴの抱き合う姿を見ながら、ベルホルト に、次は私たちの番かしらと心の中でつぶやくと、彼は右目で ウィンクして返してくる。愛する者同士に言葉は要らないらしい。
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