媚薬開発の技術担当者であるデビッド・スミスは、ヴァレリーに 歩み寄り、治験前に、ぜひ見せたいものがあると申し出てきた。
ヴァレリーは、今日の治験を断ろうとしたが“何があるの?”と いう期待感から、デビッドの話をさえぎらずに聞いてみようと思 った。
ところで、彼女は彼を“デヴ”と呼んでいる。日本語のデブの意 味と同様、デビッドはデブだった。でも、彼女はそんなユーモラ スな風貌に親しみを感じている。
「デヴ、今度はどんなアイデアが浮かんだの?」
「まあまま、ちょっとこの画面をみてください」
ヴァレリーはデヴの示した ノートパソコンの画面に注目した。
「なんだ。ベルホルトが映ってるだけじゃない?」
「はい、そうです」
「カメラはどこ?」
ヴァレリーは部屋の全体を見まわしたが、それらしいものは何も ない。隠しカメラでもあるの?と思った瞬間、デブの持つノート パソコンの画面には、シャンパンの入ったグラスが近づいてくる。
今のタイミングでシャンパンを飲もうとしているのは、ヴァレリ ーの部下であるエマ・ファンデンベルフしかいなかった。
「デヴ…、彼女の服にでも、隠しカメラがついてるの?」
「いいえ、ヴァレリーさま。エマさんの視床下部にあるチップが この画面を送ってくれてるんです。つまり、エマさんが、今見て いるもの。そのままが、この画面なんです」
「でも、それって、インフルエンザなんかのワクチン 注射で、チップを体内に送るのと同じじゃない」
「さすがヴァレリーさま、よくご存知ですね。ここまではその技 術と同じなんですが、今回はさらにすごい事ができるようになっ てるんです。ちょっとスクロールして、人の名前を選んで、ここ をクリックみますね……」
デヴがその操作をした途端、エマが驚いて叫び声をあげ、 手にしたシャンパンのグラスを落としそうになった。
「あれっ? パソコンの画面にはベルホルトじゃなく、カリギュ ラが映ってるわよ。えっ? でも、実際にはベルホルトだわ…」
デヴは、さすがに、ちょっと やりすぎたかなという顔で二人に詫びる。
「お二人とも、驚かせて申し訳ありません。実は今、エマさんの 脳内で、ベルホルトさまとカリギュラさまの映像を入れ替わって、 みたんです。まあ、これは3D技術の為せるワザなんですが…」
「じゃあ、もしエマがベルホルトに抱かれたら、 カリギュラに抱かれているのよう気分になるわけ?」
「そうなります。ここにはウィル・スミスやリチャード・ギア、 若い頃のトミー・リー・ジョーンズ、クリントイースト・ウッド など、3万人以上のイケメンのデータが……、うッ!」
自分の研究成果を饒舌に語ろうとするデヴの口に、ヴァレリーは、 右手の押し当てて黙らせた。一方のエマは事前にデヴから説明を 受けていたのを、思い出して平静さを保った。
ヴァレリーは、デヴのおでこに、 自分のおでこをくっつけて話しかけた。
「ごめんね、デヴ。よく分かったわ。今晩、私が妊娠したいって 言ったから、少しでも気分よく、あなたの精子を受け止めれるよ うに、いろいろ考えてくれてたのね。ありがとう。でも、エマの 脳に入ってるチップで簡単には体外に出せないんじゃない?」
「いいえ、このプログラムで排出指令を命令すれば、次にトイレ 行ったとき、大便と一緒に流れていく仕組みですので、心配あり ません」
ここで、ヴァレリーは、今晩、自分が治験できない ことを告白し、代役としてエマを立てると言った。
それを聞いたエマは、それは困ると拒絶した。そこでヴァレリー はニコッと笑い、ならば性交渉の相手を、デヴからベルホルトに 代えるからと持ちかけた。
エマは即答はしなかったものの、明らかに拒否する表情が消え、 むしろ、嬉しそうな表情に変わっているのが分かる。一方、急遽 治験の当事者となったベルホルトは目を白黒させていた。
そんな彼にヴァレリーは、結婚するかしないかは、エマが妊娠し たら考えたらいいんじゃない…と無責任この上ない発言をする。
たた、不思議なことは、ベルホルトも、エマも、その提案もそう 悪くないかも知れないと思いだしていることだった。二人とも、 はじめて出会った関係なのに、内心では強く魅かれていることに 自ら驚きを感じていた。
ヴァレリーはそんな彼らの内心を見抜いていたのだ。
「それでは、今晩はベルホルトさまと エマさんにお願いできますでしょうか?」
二人はうなづき、デヴの言葉に、治験の準備をどうするのか、聞 き返そうとした。デヴは嬉しそうに微笑むと、パソコンの画面を クリックする。
「お二人とも、今、媚薬と検査用のチップを注射いたしましたの で、30分後に、隣のベッドのある部屋に、着衣をすべて脱いで いらしてください」
「えっ、注射って? 今? 本当? 私達に?」
デヴは、質問されるのを待っていたかのような満面の笑みで、大 きなテーブルの端の方を指差した。それで、一同が、その一点に 注目したとき、二匹の蚊が止まっていることに気づいた。
それらの蚊が、ロボットであることに一番最初に気づいたのは、 ヴァレリーだった。現代のテクノロジーは、注射針の痛みすら感 じさせず、まるで忍者のように薬剤やチップを、体内に入えられ るらしい。
ところで、ベルホルトとエマは、お互いにバーチャルな代役を必 要としなかった。デヴがヴァレリーとのセックスのために開発し た技術は、今夜は封印された。
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