夕方、Jの女性秘書ヴァレリーと銀行家ベルホルトを乗せた車は、 スイス西部にあるレマン湖の北側を東に向かい、ローザンヌでは なく、オルス川に沿いながら北に向かった。
いつものヴァレリーなら、夕陽に映えるレマン湖やヌーシャデル 湖の美しさに見とれている。ときどき運転手に湖畔に車を停めさ せては、高級一眼レフのデジカメで、その風景を写すことも珍し くはなかった。
ちなみに、ヌーシャデル湖の湖岸で栽培されるぶどう、 それで醸造されたワインを彼女はこよなく愛している。
車はヌーシャテル湖に浮かぶ湖上コテージに向かうのだが、ヴァ レリーもベルホルトも、美しい外の景色に心を奪われる余裕はな かった。たくましいベルホルトの肉体に歓喜の声をあげ、ベルホ ルトも思う存分熱いほとばしりをヴァレリーの子宮にあびせた。
「ああっ、もう、わたし、身体のどこを触られてもダメ。 これじゃあ、今夜の治験はムリだわ。媚薬の効果なんて測れない」
「むかし、私の父が言ってたんですけど…。20や30歳あたり の女じゃ、セックスの本当の味は分からないって。はあ、はあ…。 でも、今、分かったんです。ヴァレリーさんののおかげで…。 こんな極上の悦び、味わったこと、な、なかったです!」
「う、うふふふ…。ありがとう。でも、嬉しいような悲しいよう な気持ちよ、その褒め方…。でも、あなたのこれがウソじゃない って言ってるから許してあげる。じゃあ、アフリカで習った秘密 の愛し方を披露してあげるわね、あっちの男たちも皆な、あなた みたいにデカイの、ウグッ…」
「うっ、わッ、すごい。が、我慢できない。今、運転席の男と目 が合いましたよ。あのルームミラーで、黙って私たちを見ている のは、ツライでしょうね」
「だいじょうぶよ、あの男は、覗くのが愉しみなの。それで屋敷 に帰ると、給仕や目につく女を、適当な部屋に連れ込んで犯すの。 まあ、女たちも本当はそれを楽しみにしてるらしいのよ。ああ、 だいじょうぶ…、う、運転席に私たちの声は聞こえてないわ」
その頃、コテージの一室では、携帯電話に向かって怒鳴り散らす 男の声が聞こえた。ベルホルトを銀行に遣わしたカリギュラである。
「議会がシリア派兵に反対なので、軍隊を向かわせれない? バカ野郎! 化学兵器をオマエの国が運び込んだとバレようが、 どうしようが、シリアに兵を送るんだよ! 決まってるだろう。 歴史的に二枚舌外交が伝統の国だろう、オマエのところは!」
思いっきり怒鳴って電話を切ったカリギュラに、執事のコス・ヨ ージェフが、冷たい水の入ったグラスを手渡した。カリギュラの 屈託のない笑顔に、コスも嬉しそうに小さな拍手を送った。
「カリギュラスさま、飛び切りの演技でございましたね」
「ありがとう。こうまで言わないと、あの優柔不断な男には通じ ないだろうと思ってね。ああ…、すまないが、すぐにアトランタ に飛ばないといけないんだ。手配してくれるかな?」
「アトランタでございますね。承知しました。実は、先ほど来、 ワシントンからのお電話がひっきりなしでしたので、カリギュラ スさまがお出かけになると思い、すでにプライベート・ジェット の準備はできております」
「オマエの機転のよさには、いつも助けられるよ。もし、ワシン トンが来てくれって言うだけなら、軽く断れたんだけど、アトラ ンタに呼び出されたんじゃ、行かないわけにはいかないからな」
「ひょっとして、あの方々は、ホワイトハウスを コールセンター代わりにして使っていたわけですか?」
「まあ、そういう事になるな。もしかしたら、その後、デンバー に行くかも知れない。そうなったら地球に帰れるのは、早くて 来月になるだろうなあ…」
「分かりました、カリギュラスさま。ぜひ御無事でお帰り下さい。 そういえば、ヴァレリーさまに、何かおことづけ致しましょうか?」
「そうだなあ〜、今度無事に帰れたら、妊娠するのに 協力してあげてもいいよ、と伝えてくれるかな」
執事のコスは、カリギュラの本音ともジョークとも思える言葉に 微笑み返した。そしてポケットのメモを取り出すと、短く書きつ づり、部屋の外に待つ若い男に、一言二言つぶやいて手渡すと、 ふたたび部屋に入り、カリギュラの荷物をまとめた。
「それにしましても、カリギュラさま。ジャンプ・ルーム から、20分で火星に行けるとは…、異星人の持つ科学力 とは、おそろしいものですね」
コスの言葉に、カリギュラは黙ってうなづいた。
それから10分後、ヴァレリーの乗った車と、カリギュラの乗っ た車が、ヌーシャデル湖沿いの道路で、すれ違った。
ヴァレリーとベルホルトがコテージに着くと、二人を出迎えたのは、 媚薬開発で技術担当をしているデビッド・スミス、それに彼の部 下である2人女性。そしてセルティ・セジョスティアンの調査結 果を、たまたま届けにきたエマ・ファンデンベルフだった。
ヴァレリーは、さっきまでカリギュラが待ってくれていた事を知 ると、心から残念に思った。だが、渡されたメモを見て、右手を 握り締め、ニコッとした顔で小さなガップポーズをつくった。
一方で、ヴァレリーはエマに感謝の言葉を述べながらも、手渡さ れた調査書類をブリーフケースに入ったまま、個室のベッドの上 に放り投げ、いそいで着替えると、広間で歓談する仲間と一緒に シャンパンのグラスをかざした。
ところで、エマは、誰かが声をかけるまで、ベルホルトに見惚れ ていた。それを見たヴァレリーには、ある妙案が浮かんだ。
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