セルティはイタリアの友人から届いたメールを一読した後、常務 の松岡と話しているススムの肩をたたき、自分の座っているデス クのコンピューターの画面を指差した。
ススムは、彼女の表情から、それがかなり重要な情報であること を感じた。松岡とのチャットをいったん中断し、彼もそのメールを 途中まで読んで、ふたたび画面の向こうの松岡と向き合った。
まだ、十分な確認はとれていないものの、シリアに化学兵器を持 ち込んだのはサウジアラビアらしいとススムは松岡に告げた。
AP通信社のある記者が、反政府勢力の構成員に インタビューしてそれが発覚したらしい。
松岡は、サウジアラビアと聞いて、しばらく沈黙した。シリア内 での紛争にカタールが関わっていることは、すでに知られている。
カタールが武器をスーダンから調達し、 トルコ経由でシリアの反政府過激派に供給してきた。
しかし、まさかサウジアラビアまでが関わっているとは 松岡は夢にも思っていなかった。しかもそれが化学兵器とは…
おそらく、サウジアラビアとカタールを 裏であやつれるのは、軍事同盟国であるはずの、あの国…
そんなことを思案する松岡に、ススムが話しかけた。
メールの続きには、もし、シリア内に建設中のパイプラインが 完成したら、天然ガスのヨーロッパ市場はロシアに包囲されたも 同然との旨が書かれていた。
それを阻止する狙いもあって。サウジアラビアとカタールは、 シリアの反政府勢力を支援する必要に迫られたのかも知れない、 とススムは付け加えた。
一方の松岡は、世界のメディア王と呼ばれるマードックに関する 噂を思い出していた。イスラエルが彼に石油採掘権を与えたとい う話だった。
しかもそれはシリア領内のゴラン高原で、 イスラエルが力にものをいわせて占拠した場所…。 もし、それが本当なら、立派な国際法違反である。
また、イスラエルは同じ権利を国際的金融資本勢力にも与えたと の噂も松岡は聞いていた。ススムはジェイコブ・ロスチャイルド のことではないかと推測したが、
いずれにしても、イスラエルから権利を得た組織が、 思惑通りシリア内で自由に石油採掘ができるようにするには、 現政権を倒す必要があることに変わりがない。
イスラエルやアメリカ、サウジアラビアとカタール…。
それらが石油と天然ガスの利権に絡んで、シリアに紛争を起こし たのかも知れない。民主化の名のもとに反政府勢力を美化して支 援する。
あるいはシリア政府に濡れ衣を着せ、あとはマスコミを使って 人々を洗脳する、そんな作戦が実行されているのではないか。
過去、産油国ではなかったシリアは、いまやイラク寄りの地域で 石油や天然ガスが採掘され、地中海方面にも天然ガス田があると 目されている。
石油の枯渇を危惧して原子力への転換を試みようとするサウジア ラビアなどに代わり、シリアは、中東で最後の望みの地なのかも 知れない。
それだけに利権を確保しようとする群れは必死なのだ。
松岡は、自分なりの結論を得たと思い、 いくつかの任務をススムに託して長いチャットを終えた。
ところで、イタリアからのメールを読んだセルティは、 とても悲しい気持ちになり、目に涙を浮かべていた。
メールの送り主は、ウクライナ人であるハーンナで、 彼女はハーバード大でセルティと友達だった。
問題は、ハーンナやセルティと仲良しだったの女性、スロバキア 生まれのナターリエが誘拐されたことだった。リーマン・ショック 以後、ナターリエは故郷に帰ったのだが、突然音信不通となった。
それが一週間前、ハーンナはイタリアの サンフォカで偶然、彼女と出会った。
何人かの男たちに連れられていたがようだが、1分もしないほど の短い時間、話することができた。後から考えればそんなことが できたのは奇跡だったのかも知れないとメールに書かれていた。
ハーンナがアメリカで見てきたナターリエは、非常に美しい知的 な女性だった。でも、彼女がイタリアで再会したときのナターリエは、 一目みて、麻薬漬けにされた売春婦のように見えた。
ハーンナが今つきあってるボーイフレンドにそれを話したら、 おそらくナターリエは、アルバニアのギャングに誘拐され、 人身売買で移動する最中だったのかも知れないと話していた。
メールに書かれているシリアの情報は、ハーンナのボーイフレンドが その情報源らしい。ヨーロッパでもシリアに関わる情報は いろいろ流れていて、彼女はその一部を、何とかセルティに 伝えてきたのだった。
ススムは悲しみに肩を落とすセルティを抱きながら、 世界は、いまだ深い闇に覆われているところが多いのだと、 自らの無力さを嘆いた。
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