ススムは同僚の岡島敬一郎からのチャットに応じた。 彼は東日本大震災後、東京本社と共に岡山へ移った。
「岡島、岡山には慣れた?」 「もう岡山県人になりきってるよ」 「さすが、岡島。行った先の現地にすぐ馴染むのは得意だったね」 「でも、北九州市が放射性ガレキを受け入れるのでここも住めなくなるよ」 「そうか、そのうち西日本も人間の住める場所じゃなくなるんだな」
岡島はしばらく福島第一原発事故の“その後”を話した。
郡山市の小中学生14人と保護者たちが、福島地裁郡山支部に、集団疎開 を求め仮処分を申請し仙台高裁で抗告審が続いている。幸いなことは 裁判になることで放射能被曝による悲惨な現状が明らかにされてきた ことだった。
「岡島、日本は総人口の半分くらいの人が放射能で亡くなるのかな?」 「例の『新世界秩序』で日本は6000万人くらいという噂ですよね」 「僕もそれを思い出したよ」 「世界でもっとも人を殺した政治家としてギネスに名を残すのは誰かと?」 「できれば、民主党には尊敬する共産主義者のスターリンや毛沢東を 越えるチャンスなんて思わないでほしいけど、現実的にはギネスに名 を残すかも知れないね。自分たちはインドに逃げてさ」
ここで岡島はススムに伝えなければならないことを思い出した。スス ムが担当してきたドバイでのプロジェクトがほとんど終わりに近づき、 彼の次の赴任先を本社が検討しているという。
「岡島、僕はこれからのビジネスはアフリカに希望があると思うんだ」 「アフリカ?」 「すでに中国人がかなり侵食しているけど、まだチャンスはあるさ」 「ススム、君と話てると何だか世界が小さく思えるよ」
彼らの話題はG20に移った。通貨を過小評価させるための市場介入は すべきではないという合意内容をオバマ大統領が発表したことで、今後 極端な円高進行が現実になることを岡島は心配した。
「オバマ大統領の発表で、日銀は言葉を失ったんじゃないかな?」 「欧米が量的緩和に動けば円高が加速するだろうからね」
「ススムが財務官僚ならどうする?」 「打つ手ならまだある。財務官僚だって優秀だから頭じゃ分かってる」 「やる気がないのか? それともやる気があっても止められてるのか?」 「そういう事だろうね」
「オバマ大統領とプーチン大統領は二時間以上も会談したみたいだね」 「ああ、通訳なしだから、みっちり詰めた話し合いだったと思う」 「そういえば、野田首相は行かなかったの? 海外では全く印象にないけど…」 「通訳付きの立ち話をちょっとだけしたみたい」 「それはお気の毒に…。ひょっとして邪魔者扱いされてるのかな?」
ここで岡島に電話が入って二人のチャットが終わった。
岡島はその電話で交際をはじめたばかりの女性、青野素子を夕食を誘 った。彼はこの週末、その彼女と四国に出かけてみたいと思った。
彼女は有名進学塾の事務を務めているのだが、人間関係のストレスに 耐えかねて出かけた旅行先で岡島と出会った。彼女も彼に何か魅かれ る気がしてメールアドレスを交換した。
「日本で最古の温泉ですか、何か魅力的な感じしますね」 「でも、観光バスがたくさん来るような場所はちょっと苦手だな」 「じゃあ、地元の人が通うような、ひなびた感じの温泉探しましょう」
彼らはテーブルの上のスマートフォンの画面を寄り添うように眺めて いることに気づき、お互いの顔を見て笑ってしまった。素子は以前何 人かの男性と交際したことはあるが、岡島のように一緒にいるだけで 癒されるような男性に会ったことはなかった。
“彼は今までの人たちとは違う気がする。いや、違っててほしい”
素子にそんな思いで見られているとは、岡島自身、まったく思いもし なかった。
一方の岡島はススムとのチャットを思い出し、将来彼女のような賢い 女性とアフリカで暮らせたらと思っていた。アフリカで使われる言語 はフランス語にスペイン語に、ドイツ語…。
彼は日本語の方言を覚えるのは得意でも、外国語は本当に苦手だった。 素子が時々発音する英語の美しさに、彼はあこがれを感じていた。
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