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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第8回   ユーロ危機を迎える準備
ある高層マンションに二人の乗った車が近づくと、入り口の前に数人
の男女が見える。彼らは美奈子を出迎えにきた人たちだった。

車の助手席から降りた美奈子に皆な集まってくる。一人の日本人らし
き男性が彼女と笑いながら挨拶を交わした。背が高く品のある雰囲気
の青年は、日本で彼女と一緒の教会にいた男性だった。


“彼はずっと彼女を待っていたのかも知れない”


そう感じたススムは美奈子の背中をそっと押して彼に向かわせた。彼
女が振り向いてススムの顔をみると、運転席に戻って彼女を見ている。


「必要なら、あとでこちらに荷物を持ってきますよ」
「ありがとう。父が手配してくれたみたいで。とにかく、また電話します」


ススムは手をふって、その場から去った。久しぶりに彼はドライブを
楽しみたい気分だった。セルティ・セジョスティアンが海岸沿いを貫く
シェイク・ザーイド・ロードが好きだったのを彼は思い出していた。

シェイク・ザーイド・ロードは「E11」の名前で呼ばれる
アラブ首長国連邦の高速道路で、制限速度は2011年から時速140km。
両側12車線もある広い道路だ。

                     ☆


セルティは彼女の父が救急車で運ばれたため、急遽飛行機で帰った。

適切な処理により父親の病気は快復しつつあるものの、今度はショッ
クを受けた彼女の母親が倒れてしまった。

しばらく、セルティは彼女の両親のもとにいることにした。だが、彼
女もススムと離れてから、自分らしい生活のリズムがつかめない気が
していた。母親の世話をしている合間、イスに座っている彼女に弟ヴ
ィアゴがやってきてグレープジュースを手渡した。


「姉さん、昨日の晩は彼氏と何をチャットしてたの?」
「上海総合株価指数が下がってる件よ」
「ええっ、まったく色気なんてないんだな。でも、中国って
 世界第二位の経済規模の国だし、景気もいいんだろう」


弟のそんな反応をみて、セルティはため息をつく。いつまで中国が景
気のいいままでいられるのか疑いもしない呑気さに呆れるのだ。

もちろん、世の中ではあるイメージが定着すると、その観点で物事を
見続けてしまいやすいことを彼女自身も理解している。それにしても、
大学で経済学を学んでいる弟から、そんな反応をされるとガッカリし
てしまう。


「いくら中国だって、どこも不景気になれば物が売れなくなるわよ」
「そりゃそうだね。中国の一番のお得意先はヨーロッパだしね」
「そのヨーロッパも表向きはスペインとイタリアの危機が騒がれるけど…」


姉弟ふたりが話してる間、彼らの母親がちょうど目をさました。


「セルティ、あなた、今お付き合いしてる人と結婚するつもりなの?」
「ママ、心配しないで。その人いい人だし、結婚したいと思ってる」
「大丈夫、パパもママも心配してないわよ。おまえを信じてるから」
「ママ、ありがとう」


セルティはベッドの上に座る母を抱きしめた。
そして自分のバッグの中から自分とススムが写った写真を見せる。


「この人がその日本人なのね?」
「ええ、そうよ。彼、ススムっていうの」
「おまえ、日本にお嫁に行って大丈夫なのかい?」
「日本には行かないわ。放射能で水も空気も食べ物も危ないし…」
「そう…」


彼女の母はそれを聞いて少し安心した。そして、もう自分は大丈夫だ
から、ドバイに戻ったらと彼女に告げた。


セルティがススムに電話したとき、彼はホテルに戻ってチャットした
ばかりだった。ゴールドマンサックスのジム・オニール会長がイング
ランド銀行の総裁就任を検討しているとの話題でチャット・ルームは
盛り上がっていた。


「リーマンショック以上の危機を演出する準備が整ったのかしら?」


セルティが何気なく放つ一言が、ススムにはいつも事ながら、天啓の
ように思えてならなかった。

セルティからの電話を終えると、すぐに美奈子からの電話が入った。
彼女は2日ほど帰らないという。彼は正直ホッとしていた。





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