イブは花の蜜を吸うミツバチに気をとられ、 すぐ近くにルシュファーが来たことに気づかなかった。
彼はニヤッと冷ややかに笑う顔を潜めると、 彼女の名前を呼び、顔を伏してひざまづいた。
彼が神さまの怒りに触れたため、 彼女と彼女の兄アダムの教育係の任を解かれ、 もう二度とお会いすることができないと 悲痛な面持ちで報告した。
イブは何が神さまの怒りに触れたのかと尋ねたが、 ルシュファーは何も聞かないでほしいと言いつづけ、 名残惜しそうな顔を見せて、その場を去ろうとした
イブは涙をはらして彼の名を呼んだ。
その瞬間、ルシュファーは涙を流した顔を見せると 彼女に走り寄って抱きついた。
彼は彼女の耳元で囁く。
「イブさまが一人ぼっちで、あまりにお可哀そうでしたので、 アダムさまをお叱りいただけないかと神様に進言したのでござ います。そうしましたら『おまえのような者が私に忠告するべ きことではない』とお怒りになられまして…」
「えっ? おまえは、私のために神様に怒られたの?」
「でも、私めが、このような事を言ったなどとは誰にも おっしゃらないで下さい。他の天使たちが神様の悪口を 口にするようになっては、私も悲しい限りですので…」
「分かったわ。ルシュファー、あ、あなたはこれからどこに?」
「ああっ、お優しいイブさま、私はどこででも生きていけます。 どうぞご心配下さらないで下さい。私めはどこにいましても、 アダムさまやイブさまを慕い申し上げておりますので…」
「ルシュファー…、どうか私を一人ぼっちにしないで」
「申し訳ありません。残念ですが、神様のご命令ですので…」
ルシュファーはイブの哀願する声を振り切るように、 打ちひしがれた姿を背にしながら、その場を去っていった。
ところで、アンナとセルティが、ルシュファーを追いかけると、 彼は配下の天使たちに目配せをした。彼らにイブの監視をす るよう命じたのだ。
「おい、おまえら、しばらく、あの女を一人ぼっちにさせろ。 まあ、分かっているだろうけど、アダムも、神の使わした天使 たちとも極力接触させないようにするんだ。寂しくなって、 俺さまに何もかも投げ出すくらい孤独の絶頂に追い込むぞ」
ルシュファーと天使たちの高笑いを、 アンナとセルティは怒り心頭の思いで聞いた。
ちょうどそこにアダムがやってきて、イブがどこにいるかと尋ねた。 ルシュファーは彼女はお花畑にいるとだけ話した。アダムは花など には興味がなく、安心して再び遠い山の方に出かけた。
アダムを小さな頃から見ているルシュファーにとって、 どんな返事をしたら、次にアダムがどんな行動に出るかなど 分かりすぎるほど、分かっていた。
セルティはルシュファーにも腹が立ったが、 アダムの態度にも怒りを覚えた。
「ねえ、アンナ、男って、人類始祖の頃から、女性に対する思 いやりに欠けてたのかも知れないわね。まったく腹が立つわ」
アンナはセルティの言葉にちょっと笑いを堪えた。彼女が夢か ら醒めた後、恋人であるススムとどんな会話をするのか、想像 しただけで面白いと思ったのだ。
「それにしても、あのルシュファーという大天使、ものすごい 演技力だったと思わない? 彼の演技に比べればハリウッド・スター なんてカスとしか思えないわ!」
「それはそうよ、あの神様を長い間、称賛しつづけた天使よ。 見え透いたお世辞なんて通じない相手に、感動を与えれるって やっぱり、スゴわよ。まして彼女は純粋無垢な少女だから、 彼の言葉を少しも疑ってかかったりしないわ」
セルティは一人ぼっちでいるイブの方を見つめながらも、 アンナの促す言葉に従い、そこを去った。
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