「なぜ、大天使ルシュファーは傲慢になったのかしら?」
セルティがそう思ったとき、アンナの目が彼女を見つめた。 するとその次の瞬間、セルティは漆黒の空間に浮遊していた。 とにかく真っ暗で肉眼では何も見ることができない。
彼女は最初驚いた。だが、不安な気持ちまったく感じられなかった。 アンナは天地創造以前の“神の記憶”の領域に彼女を連れてきたのだ。
不思議なことに、そセルティは神の思考を心で捉える事ができた。
「セルティ、あなたは今、神さまの意識の中にある男性と女性の設計図 を心の中で見てるのよ。動物のオスとメス、植物や鉱物の陽性と陰性も すべて人間の男女がその原型なの…。分かるかしら?」
「ええっ、すごいわ! 神さまが人間の男と女を、天地創造のすべての 基準にしてたなんて驚きだわ。つまり、創造の最後は人間だったけど、 神さまの構想理想は、人間が一番最初だったのね。だから逆に、ありと あらゆるものが人間たちの身体の一部に似てるのは当然なんだわ」
「神さまは初めに霊的世界を創造したの。それから無数の天使たちを 創造されたのよ。でも、神さまは人間の男と女だけでなく、天地の すべてを創造するために彼らの協力が必要だったの。神さまが全知全能 だったとしても、まったくの無から有を生むことは困難だったはずよ」
「アンナ、私、あなたの言うことがよく分かるわ。今、私の生きている 時代には量子力学という学問があって、それによればすべては波動で 出来てるっていうの。目の前に何かがあったとしても、実際には“ない” ものが“ある”ように見えているだけらしいわ」
「あなたの大好きなススムさんもそんな話をしてましたね。『色即是空、 空即是色』という仏教の教えも、それを諭しているそうですね」
「ひょっとしたら、『マトリックス』っていう映画の監督も そのようなことを表現したかったかったのかも知れないわね」
アンナは映画というものについて何も知らなかったので、セルティが 言ったことを理解できなかった。セルティはそれに気づいて謝った。
「ねえ、アンナ。ルシュファーはどのように創造する神を支えたの?」 「彼はずっと神さまを称賛して励ましてきたんです」 「たったそれだけのために神は彼を創造したの?」
アンナは悪魔となった天使の味方をするつもりはなかったが、 セルティの言葉には、ちょっと引っかかった。
「考えてみてくださいませんか、セルティ。神はたった一人で膨大な 仕事を始めたのです。しかも、はてしなく気の遠くなるような難しい 仕事を恐ろしいほど長い年月を経て成し遂げたのです。宇宙ばかりでなく、 あらゆる動物や植物や大気や海洋を準備するという大事業です。
いくら全知全能で偉大な神さまであったとしても、それはは困難だった はずです。おそらく、彼のような素晴らしい天使がいなかったならば、 神さまとて、これほどまでの創造は断念したかも知れません」
「そうだったのですか? 私、そんな重大な仕事を天使がして きたとは知らなくて…、ごめんなさい、悪気はなかったんです」
セルティは軽はずみなことを言ってしまったと悔やんだ。
「でも、私、少し分かった気がします。きっと、彼は仕事で疲れた夫を 慰労する妻のような役目を彼は果たしてきたんでしょう。彼は神さまと 二人三脚で天地創造にあたったような気持ちだったんじゃないかしら」
「ひょっとしたら、神さまは将来生まれてくるアダムの姿を彼に投影 していたのかも知れませんね。ルシュファー同じ男性格ですから…。 たとえれば子供が産まれてくるのを楽しみにする親の心境に近かったん じゃないかしら、天地創造に忙しかった頃の神様って…」
アンナの言葉にセルティは、そうかも知れないと思いはじめた。
「でも、そんな大天使が何で道を踏み外したのかしら?」
セルティがそう言ったとき、アンナは地上世界を見つめるルシュファー の方を指差した。セルティはルシュファーのその表情を見てゾッとした。
|
|