高知インターから降りた二台の車は、しばらく市内を走り、ほどなく 大きな邸宅についた。庭も広く、海から流れてくる潮風の匂いも心地良い。
ススムは義母である沙知子に家賃を聞いて驚いた。たった1万円だと いう。いくら高知でも月何十万円はする物件と思える。実はその家、 邦彦の釣り仲間が貸している持ち家の一つだった。
邦彦が高知で新しい住まいを探そうとしたとき、その人物は邦彦に所 持しているサイフを見せてほしいといい、それを見てお金など要らな いから自分の家を使いなさいと言い出した。
その後、せめてカタチだけでもと言って、邦彦は月1万円での契約を 交わした。そのとき、二千円札の新券を5枚渡したことが、彼に高知 の友人が増えるキッカケとなる。
日本が国家破綻した場合、新券の二千円札が役立つことを、その人物 も知っていたのだ。一方の邦彦も、まさかそのような反応を示す人物 が高知にいるとは思いもしなかった。
大らかなようでも、世の中の大局を読む。そんな人たちが案外ふつう に暮らしている街、それが高知なのかも知れない。“首都圏から遠い からってなめちゃいけない…”。邦彦はそんな事を思った。
沙知子は沙知子で夕食の準備をはじめようと台所に向かった。すでに 家政婦の女性は掃除や洗濯、夕食の買い物を終えて帰宅していた。 彼女は料理が大好きなので、朝食と夕食に関しては自分で作っている。
岡島敬一郎と青野素子は各部屋を見て回った。1階の広い廊下からガ ラス越しに降りしきる雨空を寄り添いながら眺めたとき、二人はお互 いの体温を感じ、それから長い間、唇を重ねていた。
一方、ススムとセルティは邦彦の書斎で、イエス・キリストの妹と 名乗る女性と出会ったときの記録、そのコピーを見つけた。
ただ、そのほとんどが日本語で書かれているため、セルティは読めず にガッカリ。でも、ススムがちゃんと説明してあげるから…と約束す ると、彼女の機嫌は途端に直った。
だが、そのセルティはコピーを手にして間もなく、急激な眠気に襲わ れる。ススムは長旅の疲れが出たのだろうと、自分たちに割り当てら れた部屋のベッドにお姫様抱っこで運び、しばらく休むことにした。
いつもなら、ひと通りしゃべりまくってから眠るセルティも、何も言 わず、下着だけになってベッドに横になった。ススムが毛布を出して 掛けようとしたときには、すでに寝息を立てていた。
ススムは微笑みながら、服を来たまま彼女の隣に横たわって目を閉じ た。彼はすぐに起きるつもりでいたが、気がついて部屋の時計を見ると、 もうすぐ夜8時になる。
彼はセルティの寝顔を見て、少し驚いた。
彼女が寝ながら涙を流していたからだ。彼は彼女の頬にキスすると、 そのまま階段を下りて、リビングに向かった。そこでは岡島敬一郎と 青野素子が並んでパソコンの画面を見ていた。
彼らはインターネットでハリウッド映画を見ていた。
沙知子によれば、リビングには大型の液晶テレビはあるものの、ここ に引っ越してきて以来、家政婦の女性が休憩のときにスイッチを入れ るだけで、ほとんど誰も見ないという。
いくらテレビの性能がよくなっても、見たいと思えるような番組がな ければ、テレビが売れなくなるのは当然だ。それに今の日本では一家 団欒でテレビを見るという前提自体が壊れ、ビジネスモデルとして成 り立たなくなっている
…というのが、そのときの彼らの会話だった。
当初、岡島敬一郎と青野素子は高知市内のビジネスホテルに泊まるつ もりでいたが、沙知子とススムの申し出に応じて、今夜はこの家に泊 まることにした。今後、高知に来るときはいつでも泊まっていいよ、 と邦彦も電話で伝えてきた。
一方、眠りについていたセルティは、夢の中でイエス・キリストの妹 と名乗る女性と聖書の創世記を旅していた。最初の自己紹介で彼女は、 自分をアンナと呼んで、とセルティに告げた。
それがその女性の本名かどうかは分からない。また、見た目では西南 アジア系のその女性がイエス・キリストの本当の妹なのかも分からない。 でも、懐かしい友達と再会したような安堵感をセルティは感じた。
「神様って、霊界でも見えないんだ!」
それが、セルティが感じた最初の驚きだった。
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