高知自動車道の長いトンネルを越えたとき、邦彦の携帯電話が再び 鳴った。今度は高知に住んでいる彼の釣り仲間からの電話だった。
彼らはちょうど今、南国サービスエリアにいるというので、邦彦は そのまま彼らの車に移ることにした。沙知子は当初の予定だった 南国インターでは降りず、次の高知インターをめざした。
しばらくして沙知子が車を南国サービスエリアに車を進めると、 駐車場には3台の車が駐車していた。左端の白いワンボックス には車のドアを開けて笑う4人の男たちが見える。
邦彦を迎え入れた彼らは、そそくさと南国サービスエリアを後にした。
残された沙知子とススムとセルティは、せっかくなのでと、何か軽い ものを食べようということで意見が一致した。見ればサービスエリアの 真ん中には赤い色が目立つ売店がある。
店の上の方には“TAKE OUT”と書かれていて、店頭にはプラスチックで 出来た大きなソフトクリームの置き物がある。3人はそれに目を奪われた。
ソフトクリームを買って喜んで食べるそんな彼らに 右端の車に乗っていた一組のカップルが近づいてくる。
ススムの同僚である岡島敬一郎と、 彼の婚約者である青野素子だった。
二人は高知がかなり気に入ったらしく、休日のデートには高知県内の あちこちに出かけていた。今日もこれから桂浜に向かう途中だった。
「本当に奇遇ですね。ススムさん、まだドイツかと思ってました。 今日あたり、また、チャットでお話したいなって、敬一郎さんと 話してたんですよ」
岡島に寄り添い、弾けるほどの笑顔をみせる青野素子に、 沙知子もススムもセルティも魅せられて嬉しくなった。
そのとき岡島は何かを思い出して、ポケットからスマートフォンを取り 出した。急いでデータを表示すると、それをススムに見せた。セルティ が覗き込もうとすると、岡島は社外秘だからと困惑する顔を見せた。
「おまえ、社外秘のデータなんて重要なものをスマートフォンなんか に入れるなよ。とっくの昔にバックグランド機能でどこかの国の諜報 組織にデータが送られているかも知れないんだぞ」
「えっ? まさか?」
「まさか?…じゃないわよ。各国政府の要人や官僚だけじゃないと思うわ。 日本なら下っ端のお役人たちでさえバンバン情報が抜かれてるかも知れない。 ある程度の企業なら、社員が諜報されない方がおかしいと警戒すべきだわ」
ススムの言葉に、呑気な反応を示すに岡島をセルティがたしなめた。
「じゃあ、パソコンなんかも?」
「プログラマーたちの間じゃ、OSにバックドアが仕掛けられている んじゃないかって噂だし、実際、ロシアや中国もかなり警戒してるよ。 彼らがLinuxを採用した元々の理由もそこにあるって聞いてる」
ススムは少し平和ボケした頭の岡島に呆れながらも、彼の示した情報 に目を通した。日本語の会話ができても、文字となると読むのが苦手 なセルティにススムが説明した。
「あらっ、中国人って、もうお金がないんじゃない?」
「う〜む、なんだいこりゃ! 一旦は入札しても結局お金を払わない 連中ばかりじゃないか! マナー違反だよ。こんなやり方してたら、 欧米のオークションの関連会社は、完全に中国人を信用しなくなるよ」
「そういえば、ほら。パリに戻ったとき、エルメスやルブタン、シャネル にも中国人の姿はまばらだったわ。以前は中国人だらけだったのに…」
「そうだね。あれだけお金に物を言わせてきた中国人観光客が、ほと んど何も買わずに店を出て行く姿ばかりだったね。そのうち、日本へ の観光客も激減するだろうね、きっと…」
ススムとセルティの会話に岡島が割って入った。
「今、尖閣諸島の問題が原因で、日本への中国人観光客が 次々とキャンセルが来てるって聞きましたよ」
「ふうん、パリでお金を落とせない中国人が、日本でならお金を落と せるなんて信じられないよ。きっと、これ以上、国外にお金を持ち出 されては困るというのが、中国当局のホンネなんじゃないかな」
ススムの言葉を聞いて、セルティはある噂話を思い出した。
「ちょっと前なんだけど、私の友達がヒラリー・クリントンが面白い 話をしてたって言ってたの。そう、彼女はオバマ政権の国務長官よ (外務大臣に相当)。そのうち『ヒラリーの予言』なんて、誰かが言 い出すかもしれないって、二人で言ってたの」
青野素子は小雨が降るサービスエリアで岡島と自分の分のソフトクリーム を買った。だが、耳に入る話は、こんなところで交わされる世間話とは とても思えない。セルティが何を言い出すのか? 胸がドキドキした。
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