沙知子の運転するワンボックスは川之江東ジャンクションから高知自 動車道へと抜けた。一般には『高知道』と呼ばれ、四万十町中央IC まで続く118.8kmの高速道路だ。
四国山地を縦断し、トンネル42本(下り線は39本)橋梁92本を擁する 山岳道路で、彼らが向かう南国ICまでは約50kmある。この区間だけで トンネルが上り線22本、下り線でも19本もある。
その最初のトンネルを抜けた途端、4人の乗る車はドシャブリの雨の 中に出た。あまりに急な天候の変化に彼らは驚いた。
「そういえば、以前アメリカで南京大虐殺のドキュメンタリー映画を 少し見たことがあるわ。残酷だったから、途中で席を立ったけど…。 英雄であるはずの中国共産党軍は、なぜ自国民を助けなかったのかしら?」
ふと、セルティがそんな疑問を口にしたら、邦彦が笑った。
「たしかにね…。30万人もの人民が殺されるっていうのに、 2ヶ月もの間、共産党軍は何をしてたんだろうね。アハハハ」
お腹を抱えて邦彦が笑うので、セルティは困惑した。
「実は、中国共産党軍と日本軍は正面から戦ったことがないんだよ」
「えっ?」
「当時の中国軍は蒋介石率いる国民党軍で、彼らはイギリスやアメリカ の支援を受けて中国を侵略してたんだ。共産党軍はその国民党と敵対 する関係でね。もう一方の日本軍は、日本人、在中外国人、中国人を 守るために彼らと戦っていたんだ」
「そのとき共産党軍は何を?」
「実は、逃げ回ってたんだよ。当時の共産党軍である新四軍や八路軍は いるにはいたんだけど、抗日戦争はもっぱら国民党軍にお任せでね。 あちこちで山賊まがいの事をして、ときどき日本軍に退治されてた。 できるだけ体力を温存して『漁夫の利』を得る作戦に徹したんだろう」
「な〜んだ。共産党軍って、ぜんぜんカッコ悪いじゃない」
「日本はアメリカに負けたのであって、中国戦線ではほとんど勝っている。 でも、その事実を否定しなければ絵にならないから、小説みたいな物語や 映画を使って、過去にありもしない日本軍の悪徳ぶりを強調してきたんだ」
「もしかしたら、それがうまく行って中国は国連の常任理事国に?」
「1945年の国連創立時から1971年までは『蒋介石の中華民国』 が国連の常任理事国だったんだよ。蒋介石が大陸で負けて、毛沢東の 中華人民共和国が成立したのは1949年。現在の中国とは第二次世 界大戦が終わって4年後にできた国ってわけだね」
「そういった経緯があったなんて知らなかったわ」
「まあ、1960年代に入ると、国際的には蒋介石より毛沢東のほう がソ連への牽制に大きな力を持つとアメリカは判断したのかも知れな いね。東欧の共産国家だったアルバニアが『中国代表権交代提案』を 出したら、その話にアメリカがすぐに乗ってきたらしいから…」
「当時の米ソの冷戦構造が、中華人民共和国の常任理事国入りの追い風 になったわけね。でも、中国大陸の人たちは、中国共産党が自国を護った 英雄だってウソを信じ続けてるわけでしょ? 今でも」
「それを信じてるのは日本の人たちの中にも多かったんだよ。マスコミの いい加減な報道の影響でね。でも、今は少し違うらしい。最近は日本の 若者もネットで、そうした事実を自分で探して知るようになったじゃないか」
「もしかしたら、尖閣諸島が歴史的に中国の領土と言って騒いでくれた お蔭で、中国共産党にとって都合の悪い歴史的事実なんかが、次々と 表面化してくるのかも知れないわね」
「そうかも知れないね、南京大虐殺のとき、共産党軍がどうしてたのか? そういう質問を投げかけるだけでも、中国側は相当困惑するだろうね。 まさか日本軍は恐かったので自国民を見殺しにしてたなんてウソの上塗り もできないだろう」
「事実でないものは、いずれ白日の下にさらされる。だから、あえて それを非難したり、弁解する必要はない…たぶん、中国に対する日本 の人たちのメンタリティは、そんな感じじゃなかったのかな」
「へえっ、何だか面白い。今まで知らされてきた中国が宣伝してきた ことって、ほとんどウソだったんですね。今後、たくさんの中国人が こうした真実を知っていくんじゃないかしら」
「中国共産党は国民に食べ物が行き渡らなくなったら中国が崩壊すると 思っているけど、彼らが長年ついてきたウソが白日にさらされる事の方が、 どれほど恐ろしいかを、いずれ身をもって実感する日がくるだろうね」
「いずれにしても、中華人民共和国は戦勝国じゃないわけね。じゃあ、 尖閣諸島うんぬんという話は、むしろ台湾と話し合うのが筋なのかしら?」
「もしかしたら、そういう流れになるかも知れないね。たしか蒋介石は 1943年11月のカイロ会議で、戦後には九州の一つくらい欲しいと言った けど、ルーズベルトに叱られてあきらめたらしい」
車の中で4人は笑った。
邦彦の脳裏には、胡 耀邦(こようほう:フー・ヤオバン)元総書記と 趙 紫陽(ちょうしよう:ヂャオ・ズーヤン)元首相の顔が浮かんでいた。
彼らの無念が晴れるほど、中国の人々が心からの幸せを感じ、経済的 にも文化的にも豊かになってほしいと彼は祈った。
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