邦彦は緑茶を一口飲んでから、言葉をつないだ。
「まず、尖閣諸島の問題がこじれて中国が攻撃してきた場合、米国が どう出るのかが、何より重要で…。ほぼ間違いなく米国は軍事介入し ないだろう。たとえ、日本と米国には日米安保条約があったとしても、 第三国間の領土紛争には介入しないという鉄則が米国にはあるんだよ」
その言葉にセルティが反応した。
「それは分かります。フォークランド紛争がいい例だわ。イギリスと アルゼンチンが領土問題で戦ったとき、いくら英軍に犠牲者は出ても、 米軍は介入しなかった。日本より親密な間柄のイギリスだったのに…」
「ロシアがすでにシュミレーションをしててね。米軍が自衛隊と共に 戦うなら、1〜2週間で中国は制圧できるだろうと踏んではいるよ」
「父さん、ネット上で流れる日本の自衛隊と中国軍の軍事力では、圧倒 的に日本が優勢らしいよ。中国初の空母『遼寧』に関する記事では空母 から自由に離着陸できる戦闘機もなければ、海で揺れる船の甲板に航空機を 着陸させれるような高度技術をもつ操縦士も養成できていないって話だよ」
「私もそれは聞いてる。廃艦寸前のものを98年に中国がウクライナか ら購入した『ワリャーグ』って名前だったかな? それをお色直しして なんとか完成させたが、実戦では使い物にならないって言ってたよ。
中国軍の主力戦闘機のスホイ30やスホイ27はロシア製で、空母艦 載用の戦闘機のJ−15(殲撃15型)もロシアのコピーだ。実戦能 力よりも前に、整備技術に問題が生じるだろう。単純に比較すれば、 とてもじゃないが自衛隊機なんかとは比べ物にならないポンコツだ」
「質的には、まるで大人と子供の戦いみたいなものだね」
「ああっ、そうなるな…」
「あれっ? 父さんは何か日本の自衛隊に不安があるの?」
「まず、考えなければならない事は、たとえ個別の兵器の能力や戦闘員 の技量が劣っていても、中国には圧倒的な物量があるって事なんだよ」
「えっ?」
「たとえば、日本海を航行する海上自衛隊の艦艇は、中国海軍から露 骨な嫌がらせをしばしば受けてるのを知っているかい? あまりに極 端な平和憲法の制約があって、日本の自衛隊がほとんど武器や弾薬を 積んでない。それを中国は知っているんだ。
逆に中国は装備は古くても、武器も弾薬なんかも、自衛隊みたいな制約が ないから使い放題使える。最初は苦戦しても、戦線が拡大したら、 次第に自衛隊を圧倒するんじゃないかな」
「それじゃあ、たとえば10人の中国人がナイフを持って強盗に入ったとして、 一人の日本人が拳銃を持って立ち向かう。でも、なぜか強盗は最初からその拳銃 に弾が1発しか入ってないのを知ってて、逆に脅しをかけてくるみたいな感じ…」
「まあ、そんなところかな。自衛隊だけでなく防衛省や外務省の中にも スパイが潜んでいるらしいし、韓国にいたっては日米の情報をそのまま 中国に筒抜けさせてるって噂もあったじゃないか。『敵を知り、己を知 らば百選危うからずや』という国の連中だし、情報戦で日本は負けてる」
セルティは邦彦の言う“極端な平和憲法”の意味が分からなかった。 彼女の隣に座るススムがそれを知って口を開いた。
「残念だけど、自衛隊がどんなに強くても専守防衛だから、敵国から 攻撃されない限り何もできないんだ。たとえ核弾頭を積んだ長距離空 対地巡航ミサイルを発射されても、日本国内に着弾するまでは何もで きない」
「専守防衛?」
「戦後の日本の基本的な防衛戦略でね。自衛のための最低限の軍備に より、相手の攻撃を受けてから初めて軍事力を行使するやり方だよ。 先制攻撃や自国領土外軍事活動は行わないという原則なんだ。
ただ、相手国が宣戦布告したら、こっちから攻撃を仕掛けて敵艦を撃 沈することもできるけど…」
「そ、そんな…、先制攻撃でメチャクチャにされたり、人がたくさん 殺されてから、どのようにして防衛や抵抗できるっていうんですか? 日本を戦場にしますよって宣言してるようなものじゃないですか」
「だから、憲法9条の改正が必要なんだけど、中国や韓国が国内のエ ージェントを使って“平和憲法を守ろう!”と煽ってる。それにまんま と乗る奴らも多い。建前にせよ、戦争に反対することは正論だからね」
「そうなのか…。なぜ共産党や左翼の連中が、憲法の他の条項をスルー して憲法9条の改正だけを目の敵にして叫ぶ理由が、やっと分かったよ。
日本に交戦権や武器・弾薬を持たせたら、半永久的に中国や韓国は日本 に勝てないだろうからね。そりゃ、9条9条って叫ぶのは当然だよ」
「それじゃあ、早く憲法を改正すればいいじゃない」
「それが、なかなか難しいんだよ。ほとんど不可能に近い条件を終戦 後に米国が日本に突きつけたんだ。日本が再軍備できないように…。 国民の過半数、議会の3分の2以上が賛成しなければならないとかね」
「分かったわ、あなた。いずれにしても広大な日本の領海と、長い長 いシーレーンを今のままの自衛隊で護るのは無理って話なんですね。 それで、あなた、最初に米軍の協力が得られるかどうかが問題なんだ って言ってたのね」
4人の乗る車は、愛媛県四国中央市にある川之江ジャンクションに差 しかかろうとしていた。そこは高松自動車道・松山自動車道・徳島道 と高知自動車道と接続する分岐点だ。
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