ススムとセルティが松山空港に到着した翌日、ホテルのロビーでススム の父、小林邦彦が新聞を広げて読んでいると、そこに朝食を食べ終えた ススムとセルティが現れた。
「おおっ、ススム。一段と日焼けしたなあ」 「僕はしばらく中東にいましたからね。でも、父さんほどじゃないですよ」 「おっと、こちらがセルティさんだね。昨晩はありがとう」 「いいえ、お父さん。こちらこそ楽しいお話ありがとうございました」
ススムは二人の会話を聞きながら呆然とした。彼らは互いの電話番号 も知らないはずだし、少なくともセルティは彼とずっと一緒にいて、 電話をかける姿を見せていない。
そんなススムに父の邦彦は微笑んだ。
「彼女とはテレパシーで会話したんだよ」 「えっ? そんなバカな…。で、でも、そんな事できるの? 父さん」 「ホラッ、現に彼女だって私と話したって言っただろう、今」
セルティは嬉しそうな顔で、邦彦の向けた視線にうなづいた。ススム は“参ったなあ”という顔で二人の顔を見た。邦彦は右手の人差し指 を立ててススムに話し出した。
「おまえ、オーストラリアの先住民、アボリジニ族を知っているだろう?」 「ああっ、5万年前から生き延びてて、移住してきた民族とは関わらない ように砂漠を旅して暮らしてる人たちだって聞いてるよ」
「彼らと120日間砂漠で旅をした米国のマルロ・モーガンという女性 が本を書いててな。それによるとアボリジニはテレパシーの能力が 特に発達していて電話がなくても遠距離の会話できるというぞ」
「それは『ミュータント・メッセージ』という本ですね、お父さん」
「そうだ、それ! テレパシーで聞くセルティさんの声もいいけど、 直接の肉声で聞く声は、やっぱり美しいねぇ」
「たしか、モーガンという女性は同行した族長が3km離れた場所に いる若者とやり取りする光景を見たそうよ。その若者は体調が悪くて、 捕らえた大きなカンガルーをそのままで運ぶことはできないので、 彼は族長に尾を切って運ぶ許可を求めたの。それから数時間後、若者は 尾を切ってカンガルーの本体だけを背負って現れたと書いてあったわ」
セルティはテレパシーで、ススムがホテルでどのように彼女を愛したかを 邦彦に話したのだが、その話題が二人の間では一番盛り上がったらしい。 それを聞いて緊張するススムの姿を見て、邦彦とセルティはドッと笑った。
「まあ、テレパシーなんて、もともと人間には備わった能力なんだよ。 大人が『そんなことできるはずがない』と子供たちに思わせているから できないだけかも知れないけどな」
「ウフフ、ススムだって時々ひらめくでしょ、どこからともなく、 聞いたこともないような情報が頭の中に届くことが…」
「それは時々ある! じゃあ、テレポーテーションもあるの?」 「ああっ、人間にはそんな能力も備わっているだろうな」
ススムは父邦彦の広げた新聞の記事に目をやり、話題を変えた。
「父さんも竹島問題のことが気になってるの?」 「う〜む、父さんは竹島よりも尖閣、尖閣よりも北海道が気になるな」 「えっ?…」
「中国に進出していた米国の企業は、すでに資金を引き上げてるし、 不動産まで処分するような徹底ぶりだぞ。きっと近いうちに激しい反日 デモとか暴動が起きるんだろう。おそらく、中国共産党から日本以外の 国には事前にそうした連絡が行ってるだろう。たしかめてみたらいい」
「じゃあ、日本企業は?」
「そういう情報はおまえの方がよく知ってるんじゃないのか? 今年 1月から8月の対中国直接投資実行額は日本だけが増えているだろう?」
「さすが、ススムのお父さん! 中国商務省は9月半ば頃に日本だけが 16.2%増と発表するつもりらしいわ。もちろん中国の統計だから全く 信用はできないけど、一応の参考にはなると思うわ」
「世界の企業が中国から必死で撤退する中、日本だけが逆行しているんだね。 ところで、父さん。北海道が気になるっていうと…、もしかしてロシアが?」
「そう、デカイ白熊だ。ヤツらがこんな好機に黙って何もしないと思う 方がおかしい。日露不可侵条約を平気で破って、北方領土を奪うよう な輩だぞ。突然、根室や稚内に軍隊が上陸してもおかしくない」
「日本の南の方にばかり注意が行って、北への危機意識がなかったよ」
「まあ、日本の自衛隊を仕切ってる連中なら、それぐらい視野に入れて るから大丈夫だよ。ただ、韓国も宗主国を合衆国から、中国に切り替える 覚悟ができて腹をくくったんだろう。李大統領が竹島に上陸したのは…」
「たしか1997年のアジア通貨危機で、アテにしたIMFに資金がなくて、 結局は日本や中国が韓国を助ける状況になったのには世界中がショック を受けたよ。アメリカは意外に力がないんじゃないかって思われたんだ。 たぶん、あの頃から韓国が米国をなめてかかるようになったのかもね」
「アメリカだって裏で何を考えているのか分からないぞ。一見すれば 中国と敵対してるようでも、お互いの利益のためには、手を組むべきとき にはしっかり手を組んでる。それが外交だからといえば仕方のない話だが…」
「外交の基本は『脅し』と『すかし』だろう。父さん」
「そうだ。日本の学校で勉強の点数がいくら良くても、難関の国家 公務員試験をパスしても、外交に必要な資質なんか育つわけがない。 ヤクザの脅しにヘナヘナとなるお坊ちゃんみたいなもんだよ」
彼らが雑談するテーブルに三人分のコーヒーが運ばれてきた。邦彦が 注文したものだった。ロビーから見える松山の空は台風が間近なのに さほど雨も風もない曇り空だった。
|
|