ススムとセルティは愛媛県・松山空港行の搭乗口へ向かった。
その途中、ある男性がセルティとぶつかり、思わず彼女のバッグの 中身が通路に散乱した。その男性は前をよく見ずに歩いていたのだ。
「本当にどうもすみません」 「どうなさったんですか? ずいぶん興奮なさってるみたいですが…」 「あっ、実はちょっと頭にきたことがありまして…」
「あれっ、あなたは佐藤さんじゃありませんか? 自動車会社に勤務 しておられた? 私です。小林です」
「ああっ、奇遇ですな。その節はお世話になりました。おかげで会社 も一旦は立ち直りまして、あの後、私は定年間近というので中国に渡 って現地指導に当たってたんですよ。今日は韓国を観光してたんです」
ススムは佐藤とセルティの双方を紹介した。
「でも、どうしたんです。いつも温厚な佐藤さんが怒り心頭なんて?」
「いや、お恥ずかしい。実はソウルのある焼肉屋で『日本人、もう二 度とウチの店に来るな!』って言われたんですよ。勘定を払うときニ コニコしながら韓国語でそう言うんです。もう腹が立って…」
「きっと、佐藤さんが韓国語の話せない日本人だと思われたんでしょうね」
「たぶんそうだと思います。生まれつき声が大きいので、ついつい日 本語でしゃべるとき大声になってしまうんです。まあ、それで周りも 日本人という眼でずっと見てたんでしょうな。韓国にいるときには 極力日本人だと悟られないようにと会社からも言われてたんですけどね」
「それにしてもニコニコ顔で悪口を言うなんて、よくできるもんですね」
そんな器用なことは自分たちにはできないと3人は笑った。
「一時帰国ですか?」
「いえ、もう私も定年です。中国側からも『あなたから学ぶものはも うない』とも言われましたので、キチッとケジメつけて大阪で老後を 送るつもりです。これからは女房孝行に励もうと思ってましてね」
「佐藤さんは、例によって中国の若者たちに徹底指導されたんでしょう」
「はい、日本の若者は言われたことしかやりませんけど、中国の若い 人たちは違いますな。目の輝きが違うんです。私の話す一言一言、一挙 一投足に食らいついて必死に吸収しようとするんですわ。そんな彼らの 姿を見たら、そらあんた、日本の企業には本当悪いなと思っても、 そりゃ教えちゃいますよ、何でも」
「最近は技術職のリストラも多いですから、相当な人材が中国や韓国 で仕事しているでしょうね」
「それは言えます。定年で辞めた技術職を元の年収の2〜4倍くらいで 雇ってくれたりするでしょ、そんな美味しい話、誰も断るはずがあり ませんよ。ましてリストラされて行く宛もない技術者が自社の秘密を 守る気なんてサラサラないでしょう」
「それで今の日本企業は、海外への技術流失に頭を痛めてるそうですよ」
「そんなの当たり前ですよ、社員を大切にしない企業がめぐりめぐって 自分の首を絞めてるだけです。まさに自業自得です」
「でも、ちょっと後ろめたい気もするんでしょ?」
「それはありますね。何年も何千億円もかけて、ようやく完成させた 技術とそのノウハウを、わずか数千万円のお金を個人に渡すだけで、 中韓は手に入れることができるんです。技術開発としては究極の低コスト ですけど、身を削って投資した日本企業にしてみれば涙が出ますよ」
「でも、最近はアップルがサムスンを告訴したように、日本の企業も ガンガン訴訟すると思いますよ」
「そういえば、新日鉄が韓国鉄鋼最大手のポスコに1000億円を請 求したって聞きましたよ。元社員たちが中国や韓国に籠絡されて流失した 方向性電磁鋼板っていうのは極秘技術だったそうですね」
「それにこれからは、シャープやパナソニック、NECやソニー なんかも大量の希望退職を募ったり、大規模なリストラを図るみたい ですから、さらなる技術流失を招くでしょうね」
「日本の企業は文系が贔屓される割に、技術系には冷たいですから…」
「いずれにしても訴訟の嵐は韓国に続々と押し寄せるでしょうね。特 に韓国は米国や欧州とFTAを結んだので、ゴネてお金を払わないな んてできませんしね」
「まあ、米国からすればそのための米韓FTAでしょうから仕方ない ですよ。韓国の足を踏んづけたまま、アッパーカットやフックを顔面や どてっ腹に食らわすようなもんでしょ、逃げれないし逃がさない」
「たしか、2009年8月31日の聯合ニュースでは、サムスングループ18 社だけで3795件の訴訟が世界中にあるとの報道でした。あれから3年 経ってますから、どのくらいの訴訟件数になっているのか?」
佐藤は苦笑しながらも、手元の時計を見て慌てた。
「おっと、こんな時間でしたか。もうそろそろ出発の時間なので、す みません。これ…私のメルアドです。またどこかでお会いできたら嬉 しいですな。そういえば、私、何かイライラした気持ちが消えましたわ」
佐藤は嬉しそうにススムたちに手を振って、大阪行の搭乗口に急いだ。
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