ススムとセルティは街にあるオープンカフェでブランチを取っていた。 スイスの山々を見ながらのコーヒーは格別に美味しいと二人は微笑んだ。
そこに相席を求める米国人男性が現れた。背が高く品のある初老の男性 だった。かつてススムがドバイのレストランで会った謎の男ピノックだ。
「やあ、奇遇だね。ススム。こんなところで会うなんて」 「こちらこそ、わざわざ僕らを見つけてくれて、ありがとう」 「君らは偽造パスポートなどという小細工も使わないし、ハイテク機器も それなりに使ってくれるから探すのは簡単だったよ。それに…」
「それに?」 「君の恋人にも一度お会いしてみたいと思ってたんだ」 「それでどうです?」 「いやいや、なかなかステキだ。実に聡明な女性だと思うよ」
ススムはセルティにピノックを紹介した。いまだに正体は不明だが、 米軍に関わる人物であることは間違いないと説明した。セルティは ピノックと握手をした後、比較的リラックスした表情で口を開いた。
「ピノックさん、先月末、ウガンダでエボラ出血熱に感染した 囚人を脱走させたは『グローバル2000』の一環だったのですか?」
さすがのピノックも、彼女の第一声には返す言葉がなく戸惑った。 ススムは二人のやり取りを見ながら笑った。
「試合開始早々、セルティのアッパーカットがピノックに炸裂だね」 「いやあ、全く意味の分からない質問に、言葉を失っただけだよ」
ピノックは少し平静さを取り戻して、セルティに話しかけた。
「どうしてウガンダのエボラ出血熱が何かのプロジェクトだと?」 「私は『グローバル2000』と言っただけで、プロジェクトとは言ってないわ」
「う〜ん、こりゃ参ったな アハハハ。まあ、『グローバル2000』の 内容が世界人口削減計画っていうことは、それこそ世界中に拡がって いるからね。その…、一般常識的なつもりで言っただけなんだよ」
「ええ、分かったわ。そういう事にしておいてあげる」 「すまないね。私だって個人的には決して賛成したくないことだってある」
三人はお互いの顔を見ながら、思わず苦笑した。 セルティは引き続きピノックに話しかけた。
「ふつう、エボラ出血熱は高熱に加え、皮膚などからの出血を伴う感染症 で治療法やワクチンはないと言われるわ。信じられないくらいひどい最期…」
「空気感染はしないが、感染者の体液に触れた者の致死率は脅威的だね」
「ただ、今回のウガンダのエボラ出血熱は、それこそ血だるまになっ て死ぬのは同じでも、被感染者が発病するのに、時間が掛かり過ぎる のよ。それだから感染拡大を阻止するのが難しいの」
セルティの言葉にススムが反応した。
「エボラ・ウィルスを遺伝子操作で、改良したのか…」
ピノックは黙々とトレイの皿に載ったサンドイッチをつまんで食べ続 けた。彼の顔には思わぬ方向に話が流れたと書いてあるようだった。 彼はゆっくりとコーヒーを飲み干すと微笑んで席を立った。
「何だか面倒な話に巻き込まれそうなんで、私は退散することにするよ」 「悪いね、変な話を食事中にしちゃって…」 「いいんだ。ところで君らは近々インドや中国へは行く予定はあるのかな?」 「インドと中国? いや、ないけど…」
「そうか。それならいいんだ。でも、もし万一、行く用事ができたら インフルエンザとか流行病には気をつけてな」
「ありがとう。君こそ、オーストラリアか合衆国に行くときは流行病 に気をつけて」
ピノックは背を向けたまま、ススムの言葉に片手をあげた。
「ススム…、オーストラリアか合衆国って…」 「セルティ、もう始まってるみたいだよ。『グローバル2000』…」 「じゃあ、別の遺伝子操作されたウィルスが…」
ススムとセルティも、コーヒーを飲み干して席を立った。
セルティは感じた。今のところ、ピノックは敵か味方か分からない。 けれど、彼が時々ススムを父親のような目で見つめているような気が してならなかった。
セルティは前を行くススムの背中を見ながら、 ふと彼のお父さんに会ってみたいという衝動にかられた。
|
|