ススムとセルティ・セジョスティアンはショッピングモールに寄った。 ドバイは外国人の比率が高く、行きかう人の服装も色とりどり。
ふと見るとタンクトップにミニスカートという女性がいる。 彼女は何やら店員ともめている。
「あの娘、日本人じゃない? 助けてあげたら」 「分かった。ちょっと行ってくる」
“Price down?”
ススムがその女性に近づくと、そんな意味不明な英語が聞こえる。 おそらく、彼女は値引きしてほしいと言いたいのだろう。 彼は彼女にニコッと微笑むと、代わりとなって値切交渉に入った。
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“Could you give me a discount?”(値引きしてもらえませんか?)
女性はあっという間に提示される金額が下がることに驚く。
“Take it or leave it.”(これ以上はまけないよ)
店員が根負けし、彼女も満足して目当てのシャツを買うことにした。
ところが彼女はクレジット・カードを出したので店員は困った。お店 はカード会社に手数料を払わなければならないのでディスカウントで きなくなるのだ。
ススムはすぐさまディルハム通貨を出して、その店員に渡し、 彼女にはドバイ記念にとそのシャツをプレゼントした。
「ほら、あんな感じでショッピングセンターには両替所があるし、街 中にも両替屋があるから、そこで日本円からディルハムに両替すると いい。でも、ホテルはすごくレートが悪いからあまりしない方がいいよ」
その女性は何度もお礼を言ったが、行き先のホテルが分からないので 教えてほしいと彼にメモを渡した。それを見て彼は驚く。
セルティがそのメモを受け取ると、そこにはススムの名前と宿泊して いるホテルの住所が書かれていたのだ。
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女性の名前は中村美奈子、25歳の独身OLが有給をとっての海外旅行 に訪れたのだ。ただし、奇妙なのは彼女の父親はススムのボスである こと。彼は娘が旅行先で困らないように部下がいる都市の中から行き 先を選ばせたのだ。
ところが、ススムがボスの中村喜一に電話すると彼の方も驚いた。 娘が父親の思惑とは違う人物のところに訪ねていったという。 仕方がないので一週間ほど面倒みてくれとの話で電話が切れた。
セルティ:「でも、何で間違えたのかしらねぇ?」 美奈子:「父は誰でもいいよって言ったはずなんですけど…」 ススム:「とにかく、外に出るときの服は変えた方がいいわ」 美奈子:「えっ? これじゃダメなんですか?」 セルティ:「あなたを見る男たちの視線、すごかったの気づかなかった?」
美奈子:「ええっ、何となく怖かったです」 ススム:「その格好じゃ『私を襲って下さい』と言ってるみたいですよ」 美奈子:「そうなんですか? 旅行のブログでは問題ないと書いてあって…」 ススム:「それはたまたま運がよかっただけだと思った方がいいです」 美奈子:「私、ススムさんになら襲ってほしいなあ♪」
ススムはあわててハンドルを切り損ねるをおさえ、セルティは美奈子 がワザとススムのいるドバイを選んだのではないかとの疑惑を抱いた。
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ホテルに戻ると大きなテレビの画面には、内戦状態にあるシリアでの 戦闘がほぼ全域に拡大し、自由シリア軍 ホムスから首都ダマスカス に向け前進しているとのニュースが流れていた。
「自国民を大虐殺するアサド政権は、なんて残酷なんでしょうね」
ニュースを眺めながら発した美奈子の言葉にセルティは首をかしげた。 日本ではシリア政府が一方的に悪いという報道のみだから、美奈子の ような反応が一般的なのだとススムはセルティに説明した。
セルティ:「それじゃあ、リビアではガタフィーが極悪人扱いなの?」 ススム:「そう、日本は西側の報道を驚くほどそのまま受け入れるからね」
そのとき、セルティの携帯電話が鳴った。
「ススム、悪いけど空港まで送ってくれる。パパが急に倒れたみたい なの。救急車で運ばれたって、電話で姉さんが…」
ススムは美奈子をホテルの部屋に残して、セルティを空港に送った。 セルティは飛行機の座席でススムと美奈子の顔が思い浮かんだ。 ちょっと不安はあったがススムを信じることにして目を閉じた。
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