20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第37回   奇妙なオリンピック
ススムのボスである中村喜一は妻の美智子と関西国際空港から
タクシーで移動していた。


「これから神戸に行かない? きれいな夜景を見るのもいいわよ」
「そうだね、そうしようか」
「あらっ、うれしい。でも珍しいわね、『忙しい』って言わないの?」

「ま、まあ…ね。僕にとって、何が一番大切なのかって考えたらね。
これからも続く君との人生じゃないかって思えてね」

「うふふふ、あなたらしくない言葉ね。でも、うれしいわ」
「そうかい、それじゃあ、もう今日はホテルに泊まろう」
「賛成!」


運転するタクシーの運転手も、彼らの会話を聞きながら、嬉しそうな
表情を浮かべた。さっそく美智子は携帯電話で適当なホテルを探そう
としたところ、携帯電話は娘の美奈子からのメールを受信していた。


「あなた、美奈子はシドニーで彼とデートしてるそうですよ。
今、天文台にいるそうです。わあ、これ、あなた、きれいな景色」

「ああっ、それはシドニー・ハーバー・ブリッジだよ」

「えっ、本当? 私たちが新婚旅行で行ったところじゃない。
そう、それでどこかで見たような気がしたのね」

「二人で朝早くから橋を渡ったのを思い出すね。
太平洋から朝陽が昇ってきてキレイだった」

「そういえば美奈子にも、あの話メールしておきますね」
「あの話?」

「美奈子を身ごもったのは私たちがシドニーで愛し合った頃だって…」
「おい、まだあの二人は結婚式も挙げてないんだぞ」
「むかし、式を挙げる前に、私をホテルに誘った人がここにいるわよ」
「わ、分かった、分かったよ。好きなだけ愛し合ってくれ」


タクシーの運転手が声をあげて笑った。


それをキッカケに中村は運転手に日本の近況はどうかと話しかけた。
彼は日本のオリンピック選手の話題をいくつか話した。


ただ、タクシーの運転手の仲間がテレビを見てて不思議に思ったのは、
オリンピックの開会式で日本選手団が入場後にそのまま退場し、旗手
の吉田選手だけが中に入って旗を渡したら、吉田選手も退場させられた
という話だった。


あと、花火の打ち上げの際には大型のUFOがテレビに登場していた
ようで、彼の息子がネットで大騒ぎになってると教えてくれたらしい。


中村は、現地で異常な便乗値上げが行われたり、会場が空席だらけで
あること。それから空港では入国時に2〜3時間待たされることもザラ
であることは聞いていた。だが、開会式のパプニングは知らなかった。


逆に、タクシーの運転手が中村に尋ねてきた。


今回は判定が覆る場面がいくつもあり、世紀のオリンピックなのに
審判が買収されることなどあり得るのだろうかというのだ。


中村は韓国のハンギョレ新聞の記事(2010年1月10日)を思い出して、
彼に話した。それは韓国の大韓レスリング協会の千信一(チョン・シ
ニル)会長が2008年の北京オリンピック当時、外国レスリング審判ら
に金をばらまいたことを法廷で暴露した事だった。


さらに、千会長は国際大会で審判に金を渡すことは慣行だとさえ主張
した。オリンピックを誘致する際も、裏で莫大なお金が動くとは聞くが、
勝つためなら何でもありというのが少なからぬ現実なのかも知れない。


もし、それが本当であれば、参加している選手たちが気の毒でならな
いとタクシーの運転手はこぼした。一つのオリンピックを迎えるまで、
彼らがどれほど血の滲むような練習を積み重ねたのかと思えば、
信じがたいような裏切り行為だ。


ただ、中村はロンドン・オリンピックにテロ対策として20万個の棺桶
が米国から輸入されたことは彼に話さなかった。ひょっとしたら、
主催者側がテロを起こす張本人かも知れないなどとは、中村自身、
信じたくなかったからだろう。


再び、美智子の携帯に美奈子からのメールが届いた。


「あなた、来年はお父さんとお母さんを、おじいさんとおばあさんに
してあげるから待ってて…だそうよ。美奈子の婚約者もあなたと同じ
で積極的なのかも知れないわね」


タクシーの中で3人の笑い声が響いた。







← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 148