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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第31回   タックスヘイブンが諸悪の根源
ススムはセルティ・セジョスティアンに映画でも見ようと誘った。
ドイツの映画館は予約が必要なのは知っていたが、昼間は空いていた。


料金は日曜日で一人6.5ユーロ払った。でも、午後5時を過ぎると8.5
ユーロになるらしい。料金の設定が意外と細かいことにススムは驚いた。


セルティは真っ先にポップコーンとコーラを買いに行こうとススムの
手を引いた。バケツのような大きな入れ物に入ったポップコーンとス
モールサイズでも400mlはあるコーラを注文した。


塩味と砂糖味のポップコーンをそれぞれ頬張りながら映画を見たが、
砂糖味もそう悪くないことをススムは知った。途中、塩味と交換して
ほしいと彼はセルティにせがまれた。


全席指定なので予約しようとネットを見ると、ほとんどの映画館は
ドイツ語の吹き替えばかりだった。英語オリジナルで上映してるところは、
ちょっと遠いので、ドイツ語の勉強も兼ねてと二人は出かけた。


「そういえば、テレビの映画もドイツ語の吹き替えばかりだね」
「うふふふ、ヨーロッパではドイツ語を習得して損はないと思うわ」
「お金を持ってる国の人と取引するのは得だから?」
「ええっ、そうよ。でも、以前より移民が増えた気がするわね」

「それにしても映画がはじまるまでのCMは長いなあ」
「そうね。でも、最近は25分くらいとか短くなったらしいわよ」
「短くなって25分?」
「以前は、40分以上かかった気もするわ」
「本当に?」


ススムは半ば呆れたが、それも国民性の違いかと受け入れた。


「そういえば、ススムとアムステルダムとのチャット、勉強になったわ」
「あの田村と話した LIBOR(ライボー:London Inter-BankOffered
Rateの略でロンドン銀行間取引金利のこと)の件だね。何にせよ、セ
ルティ、君にほめてもらえるとうれしいよ」

「それにしてもショックだったわ。国際的金融機関の舞台裏は、まる
でカジノの胴元が好きなようにルールを変えては、お客を丸裸にして
いただけのイカサマ博打だったなんて…」

「セルティ、すごい褒め言葉だね。ウォール街もロンドン・シティも
その称賛には拍手を惜しまないと思うよ」

「私は腹が立って、言い足りないくらいだわ。金の価格とLIBORを操
作することで、彼らは国民の税金と年金と預貯金を手に入れるのよ。
合衆国や欧州、それに日本の人たちを貧しくさせるスキームじゃない」

「彼らの経済や金融に関する深慮遠謀を思うと『天才』としか言いよ
うがない気がするね。とても一般の人たちが太刀打ちできる相手じゃ
ないよ。でも、彼らこそ、本物のマネーゲーマーかも知れない」

「ゲームねえ? それで彼らはいくら儲けたのかしら?」

「32兆ドル…。スイスやケイマン諸島といったタックスヘイブンに彼らは
資産を隠してるらしい。つい最近までは20兆3000億ドルと言われてたけど、
調べたら合衆国と日本のGDPを合わせたより、はるかに多いと分かった」

「結局、ほんの一部の資産家が税金を払わずに、上手にお金を貯め込
む一方で、その国の借金は一般の国民に重くのしかかる。そういうシ
ステムが合法的な制度として出来上がっていたってわけね」

「すでにFRB(連邦準備金制度)は銀行を倒産に追い込もうとしている」

「そうよね、LIBORの不正金利操作と言っても、ずっと前から分かってて、
なぜ今頃になって大騒ぎするのかしら?って誰だって不自然に思うわ」

「すべては時間、タイミングが重要なんだと彼らは言うだろうね。
いずれにしても世界の貧富の差が広がる根源には、タックスヘイブン
に巨額のお金が流れる仕組みがあることだよ」

「それに、そのシステムを支える会計や法律のプロたちが門番として
立ちはだかっているから、そちらは簡単には切り崩せないでしょうね」


セルティはちょうど空になったコーラの容器をススムに揺すってみせた。
彼がそれを見てコーラのお替りを買いに行こうとして席を立ったとき、
ようやく映画の本編がはじまった。


「ごめんなさい、ススム。タイミングが悪かったわね」
「大丈夫、君と過ごすことが、僕にとって最高に幸せな時間だから」
「ありがとう。私もあなたと一緒にいられて幸せよ」


ススムは彼女のその言葉に心からの幸せを感じた。
ふと、思いついて彼女を振り向き、声をかけた。


「ねえ、次はどこの国に行こうか?」
「どこでもいいわ、あなたとなら。でも、英国はオリンピックでテロ
が起きるかも知れないってネットに書き込まれてたわ。たしか、ロッ
クフェラー財団の報告書だったかしら。13000名の犠牲者が出るとか…」

「『9.11』と同じように自作自演でドカン!とやるのかな?」
「じゃあ、またドバイに行く? もし核爆弾が使われたらドイツやフ
ランスだけじゃなく、欧州中に放射能が飛散してくるでしょうから…」
「そうだね、そうしようか…」


映画館の売店に行く途中、ロンドン・オリンピックのポスターを目に
したススムは、開会式と全競技が無事に行われることを祈った。また
同じように、映画館の席に座っていたセルティも彼と同じようにオリ
ンピックに集う人々の無事を祈った。





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