ドバイはとにかく日差しが強い。
直射日光の当たるところは50℃くらいになるのかも知れない。 車で移動するにもサングラスと帽子は必需品となる。 逆にショッピングモールやホテルは寒いくらいの冷房が入る。
ススムはどこのレストランにする?とセルティに言われて、 海に突き出たアラブの塔にあるアル・ムンタハが頭に浮かんだ。
しかし、途中で友人のサイラス・アナキアンズから電話を受け、 『喜作』(Kisaku)に変更した。彼は大の和食好きなのだ。
『喜作』は入り口に入るだけで“リトル日本”と思える風情があり、 焼き魚、味噌汁、漬物、日本の新聞、日本語のテレビ放送…と、食事 している間は、ドバイにいることを忘れてしまうかも知れない。
☆
とにかく、サイラスは上機嫌だった。
「僕は日本、大好きだよ。僕のビジネスは日本によって救われた」 「ただ単に日銀の介入のおかげで儲けたんだろう?」 「ススム、違う。神様が僕に救いの手を伸ばしたんだ」
微妙に話しがかみ合わない二人の会話に、 セルティは可笑しさを感じながら寿司をほうばる。
「消費税増税法案を通すまでは、国民に株価をよく見せなければなら ない。それは分かるが、それにしても一日だけで260億円もの国費を、 気前よくばら撒いてくれるのは日本だけだよ。現代の奇跡さ」
ススムはサイラスの腕時計を見て日本時間であることに気づく。
「ああ、僕が礼拝の時間を守るように、日銀は午後1時15分頃に市場 介入してくれるから、それにあわせて行動しなければならない」
「テレビは逃走犯逮捕のニュースで、ネットは関西の原発再稼動で うまくカモフラージュできたみたいだし、消費税増税にはほとんど触 れないで済んでる。消費税は予定通り値上げになるんじゃないかな」
「分かってる。神の恵みは十分いただいた。だから、ここは僕がおごるよ」
「Thanks, Cyrus」
☆
セルティは店内の日本人と思われるお客たちを見まわした。
「せっかく消費税を増税しても、それが日本人自身のために使われな いというのは、ちょっと気の毒な気もするけど…」
「まあ、可哀想だけど仕方ないよ。僕らにはどうしようもできない」
「まさか、韓国の銀行があんな事態になってるなんて誰も思ってなか ったしね…。その穴埋めを日本がしてくれるなんて、まさしく“世界 のATM”だよ」
ススムは少し食べる手を止めた。
「案外、日本は損をしたようで、実はそうでもないかも知れない」 「ススムの日本人としてのメンタリティーがそう思わせるのかしら?」
ススムは笑って分からないと答えた。それにしても彼女がススムを見 つめる視線はいつも優しい。サイラスは二人を見ながら微笑ましさを 感じた。
「サイラス。もしかしたら今の君の時計は6月18日の朝5時に アラームがセットされてるんじゃないか?」
「ああっ、ギリシャ総選挙の大勢が判明する日本時間だからね」
「さ〜て、来週はどんな一週間になるのかしら…」
三人は静かに温かな緑茶を飲み席を立った。 彼らは再会を約束してレストランをあとにした。
|
|