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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第28回   シンガポールでの会食
ススムのボスである中村喜一は、妻の美智子とタクシーの後部座席に
並んでシンガポールの景色を眺めていた。前の助手席に座る美奈子は
おしゃべりに余念がない。


彼らはチャンギ国際空港から20分ほど行った市内のホテルで、これか
ら美奈子の婚約者であるクレーメンス・アイヒベルガーと彼の母親、
マチコと会う予定だ。


マチコは東京の銀座でブテックを経営していたところを、ドイツ人の
男性に求愛され結婚。しかし、息子が米国の大学を卒業した翌年、
夫の浮気が発覚して離婚した。


その後、離婚訴訟で手に入れた慰謝料で出した店が繁盛し、ドイツ
国内だけでなく、シンガポールにも新しい店を出そうと考えていた。
もちろん、息子の結婚相手とその両親と会うのも楽しみにしていたが…


一方の中村喜一も、娘の婚約者に会う以外の事情をかかえていた。本社
からの指令でシンガポールに拠点を構えなければらない都合もあって、
その下見も兼ねてきていたのだ。


彼の会社は北九州市のガレキ処理により、高濃度の放射能汚染に侵さ
れるであろう西日本から、本社ごとシンガポールに移転するつもりだ。
静岡県島田市の小学校で検出された放射性セシウムは、彼の会社に日
本への見切りをつけさせるに十分な数値を示した。


両家はホテルで会食しながら、自己紹介や婚約に至った馴れ初めなど
を話していた。美奈子の婚約者クレーメンスは、彼の母親が日本人で
あることもあり、比較的流暢な日本語を話した。一方、母マチコは思
い出すようになつかしい日本語を話していた。


マチコは美奈子に将来の再婚相手の写真を持っているなら見せてほし
いと話しかけた。彼女は美奈子にそう言わせるほどの男性とはどんな
人だろうかと興味を持ったのだ。


「この人?」
「はい、今、お付き合いしている女性とのツーショットですが…」


マチコは写真を手にして、目をつぶり、しばらく瞑想した。


「この男性は素晴らしい才能と愛情をもつ人ですね。あなたが彼と再
婚したくなるほど好きになるのは分かりますわよ。できれば私も彼と
再婚したいくらい…」


マチコの冗談とも本気とも思える言葉に、
息子のクレーメンスはあわてた。


「すみません。母が突然変な事をいいまして。母はときどき不思議な
ことを言います。でも、それがピッタリ当たって驚くことは多いです。
ただし、自分や自分の家族の事となると分からないと母はいいます」


美奈子は逆に好奇心をそそられ、マチコに尋ねた。


「もっと何か分かることがありますか? その写真で…」

「そうですね、この男性は隣の女性との間に、女の子が一人、男の子
が二人産まれますね。皆賢い子供たちです。ただ、残念なことにあな
たが彼と再婚することはないようですわよ」

「えっ? なぜですか?」
「このカップルは長命で、だいたい同じ時期に他界するからです」
「そこまで分かるとは…、お母様、すごいですわ」


マチコは驚く美奈子の表情に微笑んだ。


「写真の女性は彼を心からリスペクト(尊敬)していらっしゃいます。
それに彼も彼女に心からのリスペクトを感じています。ですから、この
お二人には結婚後のマンネリというものが来ないかも知れませんわね」


美奈子の母・美智子がマチコに尋ねた。


「ウチの美奈子はいかがでしょう?」

「お嬢さんは…、というより、私の息子の方が美奈子さんの虜になっ
てるみたいです。決して『都合のいい女』になれないのが美奈子さん
の魅力なのかも知れませんわね。私と同じで、オホホホ…」


その場にいた女性たちは、皆嬉しそうに笑った。
中村喜一は自分の妻もそうだなと、心の中で思った。


次の瞬間、妻の美智子が喜一を、じっと見つめてきた。


「大丈夫。私もあなたのこと、リスペクトしてますわよ」
「そう? あ、ありがとう」


顔を赤くして照れ笑いする中村喜一を見ながら、女性たちは再び笑顔
を浮かべた。美智子は笑いながらテーブルの下で中村喜一の分身をズ
ボンの上から撫でた。それは今夜愛し合おうね、という夫婦だけが分
かる合図だった。


一方、美奈子はクレーメンスをみつめ、「私たちも早く子供をつくり
ましょうか?」と話を向けると、彼は物凄く嬉しそうな顔で「Good
idea!」といいながら彼女にキスした。


マチコは写真に写るセルティの胎内に、すでに女の子の種が宿って
いるのを感じていた。





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