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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第26回   『海の日』
ススムとセルティ・セジョスティアンは、欧州のいくつかの国を旅した。


会社側もファクトファインディングツアー(現地調査)の必要性を感
じていたのでススムからの申し出に応じたのだ。それに彼の中東での
実績に対するボーナスと特別休暇もプラスされた。


今、彼らはドイツのシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州で開かれる
音楽祭を楽しみにしてホテルに宿泊している。


ところで二人は当初、ヨーロッパ全土の異常気象に遭遇した。


まず、スウェーデンでは毎日雨が降り続き、人々は寒い気温に悩まさ
れていた。ハンガリーでは耐えがたいと思うほどの猛暑と急激な気温
の変化。ベネツィア湖は25度と温水プール並みだった。

ポーランドでは雹が窓や車に降って屋根に穴の開く家さえあった。


米国の猛暑と干ばつはトウモロコシだけでなく、小麦や大豆の収穫さ
え絶望にさせる深刻さだとニュースは伝えるが、ヨーロッパの異常気
象もそれに負けていないと彼らは思った。


「ロシアの旱魃も厳しいそうね、小麦も絶望的かしら」
「うん、難しいだろうね、世界の食糧供給自体、完全な崖っぷちだね」

「日本は小麦の輸入をカナダから、米国に切り替えてるわね」
「政府も少しでも安い小麦を確保しようと必死なんだね」
「ねえ、東京都の食料自給率って、一日ってホント?」
「残念だけど、本当。戦略的にもっとも脆弱さ。国の中心だけど…」


ススムはスコッチウイスキーが空になったグラスを置いて、
ノートパソコンのキーボードを軽やかにたたきはじめた。


「ねえ、ウイスキーが歴史上はじめて文献に登場したのはいつか知ってる?」
「1405年のアイルランド、修道士たちによって造られた」
「ススムって、そんな事まで興味持ってたの?」
「でも、実際にはいつ誰が発明したのかなんて分からないじゃないかな?」

「私もそう思う。でも、起源は中東じゃないかって聞いたわ」
「イスラム教が禁酒を宣言してからコーヒーが広まったという話も聞くね」
「そうね、歴史って、本当、おもしろいわ」


セルティはススムの置いたグラスを手に取りながら、いたずらっぽい
表情でススムの顔をみると、彼も彼女をやさしく見つめていた。


「ねえ、私のテレパーシー聞こえた?」
「もちろん、聞こえたよ」


ススムは立ち上げたノートパソコンをそのままにして、
シャツを脱ぎ、セルティの服も脱がせようとした。


その瞬間、日本の岡島がチャット画面に登場した。


「岡島、おまえ、悪いタイミングでチャットに出たね」
「えっ? 先に呼んだのは…」
「まあ、そうなんだけどね。でも、おまえ何で青野さんと一緒なの?」


ススムは日本が『海の日』という祝日であることを忘れていた。パソコン
の画面の向こう側では、青野素子が明るい表情で手を振っている。


「『海の日』なんてあったんだね、ひな祭りを祝日にしたらいいのに…」
「本当ですよねえ、たまにはいい事言いますね」
「こっちはいいんだよ、日本は大丈夫なのかい?」
「えっ? 何です?」
「がれき焼却で島田市の小学校が12万8千ベクレルってニュースだけど」

「あの静岡県の…。たった10トンのガレキを燃やしただけで12万8千
ベクレルですよ。全部で6000トン燃やすんです。1トン当たり7万円
で6000トンですから、4億2000万円が島田市に入るわけですが、噂では
追加でさらに5000トン燃やすとか…」

「12万8千ベクレルって、驚異的な放射性セシウムの量じゃない?」

「ええっ、ロシアでは4万ベクレルで放射能厳重管理区域です。そこでは
原発内で作業する人を管理するのと同じくらい厳重な管理が必要なんです
けど、現時点でその3倍の濃度です。もう正気の沙汰じゃありません」

「秋田県でも9人が搬送されたじゃない」
「あれも、一酸化炭素中毒という報道で通しちゃいました。それに
今日は福島県のいわき市では、海開きで子供たちが泳いでましたよ」

「チェルノブイリよりも放射能被害の進行が早くなるね」
「きっと、そうですね。あっ、すみません。僕ら用事がありますので…」
「こちらこそ、どうもありがとう。じゃあ、海の日楽しんで!」


ススムが周りを見回すと、いつの間にかセルティはいなかった。


でも、よく見るとバスルームに通じるドアがちょっとだけ開いて、
“おいで、おいで”と片手が呼んでいる。


“岡島も僕と同じように、バスルームから呼ばれたのかも…”


ススムのその勘は見事に当たっていた。





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