ススムに同僚の田村正人がチャットしてきた。彼はオランダの首都ア ムステルダムを拠点にしているが、きょうはベルギーの首都ブリュッ セルから帰ったばかりだった。
「田村、セルジオ・ピニンファリーナのお葬式にでも行ってたのかい?」
「相変わらず冗談がうまいな。ベルギーには仕事で偶然行っただけだよ。 でも、彼が手がけたフェラーリやマセラティ、アルファロメオと いったイタリア車のデザインは超一級の芸術品だったよな」
「ああっ、お前の乗ってたクワトロポルテ。あれもそうだよな」 「うん、スパイダーも乗ってたけど、あれは友だちに頼まれて売った」 「お前、本当にイタリア車が好きだよな」 「彼はトリノの自宅で亡くなったそうだよ、85歳で…」
ふたりは電話の受話器を持ちながら短い黙祷を捧げた。
「ところで、ボスからEMS(European Stability Mechanism)の件で電話行った?」
「着たよ。お前がこっちに振ったんだろう?」 「悪かったな、ちょっと手が放せなくてな」 「分かってる。でも、ボス、EMSの件、かなり知ってたよ」
「中村さんも慎重だからな。情報は多角的に捉えろって人だから…」 「それにしても、電話を受ける度、毎回試験を受けてる気がするよ」 「それは俺も同じだ」
二人は笑った後、それぞれがミネラルウォーターとコーヒーを一口飲んだ。
「岡崎、たぶんお前の電話はEMSにオランダとフィンランドが反対してる件か?」 「なんだ、もう知ってるのか。さすが、早いな」 「メルケル首相も『私が生きているうちはユーロ共同債はない』って言うしな」
「いったい何のための合意だったんだろうな?」
「まったくだ。ユーロ圏の金融危機はユーロ共同債があれば克服でき るという前提で、株やユーロが買われたんだ。結局、四半期の数字を かさ上げするための“やらせ”だったのかもな」
チャットを終えようとしたとき、ススムは日本の岡島を思い出した。
「岡島に彼女ができたんだが、それが可愛い娘なんだ」 「あいつに彼女ね…。真面目すぎるから、手も握れないんじゃないか?」 「いいや、電話じゃ、この間の日曜日だけで5回も愛し合ったそうだよ」 「5回か…。いくら若くても、それはすごいな」
「それで早速彼女のお母さんとお姉さんに会ったら、かなり気に入ら れて、今すぐ娘と同居しないかと持ちかけられたらしい」
「岡島のことだから、その気になってるんじゃないか?」
「もう一緒に住んでるらしいよ。今朝彼女の作ってくれた味噌汁がう ま過ぎて涙が出たとチャットしてきたんだ。まだドバイが朝3時だと いうのに…」
「お前、その時間まで起きてたのか?」
「ちょうど寝ようとしてたんだ。アイスランドとのチャットが終わってね」 「いつかの美人だな」
「アイスランドの気温に慣れたら、ドバイ行きは躊躇するかな?」 「アムステルダムは23度だから、アイスランドは20度以下だろうね」 「きょうのドバイは37度だけど、先週は45度越えたよ」
田村はチャット画面の向こう側で何かの資料を見つけた。
「あった、あった。セックスの頻度が週5回以上の夫婦だけど、一番 多い血液型は、夫がO型で妻がAB型の組み合わせで26.7%。主婦 1800人によるアンケート調査だそうだ。O型は免疫力があり積極的で、 AB型は受け身で夫を拒否できないからと書いてあるな」
「じゃあ、一番少ない組み合わせは?」
「えっと…、夫がAB型で妻がB型の組み合わせで2.6%」 「26.7%と2.6%? すごい差だね。今度、岡島に血液型きいてみるよ」
ふたりはチャットを終えた。
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