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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第21回   棄民政策
岡島は素子との温泉旅行に行こうとしたが、福島第一原発4号機の冷
却装置が停止したことが心配でならなかった。電話でその話を彼女に
したところ、きょうは温泉に行かず、岡山で一緒に過ごすにした。


素子の母親がすでにお弁当をつくってくれていたので、ふたりは
どこかに景色のいいところで食べようとしたが雨は降り止まない。


港に近い方まで車で行ったが、結局、近所のスーパーで買い物をした
後、岡島の殺風景なマンションの一室に戻った。ただ、岡島にしてみ
れば素子と過ごせればどこでもよかったのだが…


台所のまな板の上にぬかづけのキュウリに途中まで包丁が入れられた
まま、二人はキスと抱擁を続け、すでに素子の上半身はブラジャーが
はずされ唾液で白い肌が光っている。


「うふふ、敬一郎さん。また、お腹の虫鳴ったわよ」
「まったく困った虫ですね。せっかくのムードを台無しにしてくれて…」


ふたりは笑いながらテーブルに戻り、作ってくれたお弁当の蓋を開け、
味噌汁や漬物と一緒にほお張りはじめた。


途中、タコの足のような形のウィンナーを唇に挟んだ素子が岡島の口
に近づけると、彼はそれを食べながら彼女とキスをして、それからさ
らに舌を絡め合いながら、彼女の口の中にあるウィンナーも食べた。


愛し合うふたりの頭の中には、すでに福島第一原発4号機の冷却装置
がどうなっているかなどの心配は、どこかに飛んで消えているように
も見えた。


でも、実際にはいくら自分たちが心配してもどうにもならない事だっ
てあるというあきらめの方が勝っていた。ならば今できること、この
一瞬一瞬を大事に過ごしたいという気持ちが彼らの心を支配していた。


                    ☆


ススムの上司である中村喜一は、ドバイから帰国した娘・美奈子の言
動にはちょっと驚かされはしたが、いずれにしても彼女を含む娘たち
がこのまま日本に居ては危ないと思う気持ちには変わりはなかった。


福島第一原発4号機の冷却装置の停止について中部大学・武田邦彦教授は、
6/25頃に騒ぎとなった福島4号機の解体工事がズサンで、冷却配管が損傷
したのではないかと説明している。中村はこの説がもっとも有力と思えた。


武田教授は避難を呼びかけて、非難されるという気の毒な立場にある。


しかし、福島第一原発から35km離れた場所にモニタリング・ポストが
設置してある田村市常葉町の空間線量率は、6月28日夕方ごろから急
に上昇した。


夜7時30分には毎時66.983マイクロシーベルト(年間被曝量換算587ミ
リシーベルト)を記録していたのだ。決して無視できるレベルではない。


この期に及んで「計器の故障」という自治体からの返答を信じる者な
ど、どれほどいるだろうか?


もしこのままプールの水が循環冷却できなければ、プールの中に沈め
てある燃料棒の崩壊熱により、徐々に水温は上昇。さらに沸点を超え
ればジルコニウム被覆管が溶けて放射能火災が起こる。


そうなれば、即死レベルの放射能が周囲に発せられるので、誰も近づ
けなくなる。東電の説明する「管理温度の上限温度65度」は単なる目
安ではなく、その限界となる温度を意味する。


日本のみならず、北半球死滅のカウントダウンをも意味するのだろう。


福島第一原発1号機が100シーベルトに達していることは海外でも知ら
れている。国内のニュースでいくら10シーベルトと嘘をついても、海
外は正直に東電の報告をニュースにしているからバレてしまう。


なおも悪いことに2号炉内の放射線量が73シーベルトという話も、
中村は海外に派遣している社員から聞いたばかりだった。



「棄民政策そのものではないか…」



中村は太平洋戦争で戦死した父の遺影を眺めながら、この国の行く末
と、子供やこれから産まれるであろう孫たちの未来を思い涙をこぼした。





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