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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第2回   ギリシャ総選挙前夜
セルティ・セジョスティアンの目を引いたのは、6月3日付の
英デイリー・メール紙に掲載されたロバート・ゼーリック
世銀総裁のコメントだった。


「彼は今月末に退任するはずよね」
「どうしたの? 何かおもしろい記事でもあったの?」
「あらっ、ススム。あっという間にシャワー浴びたのね」


今度はススムがセルティの肩越しにパソコンの画面をのぞいた。


「ああ、『ゼーリックの予言』だね」
「予言?」

「あれ? 君が知らなかったとは驚きだね」
「ええっ…、初めて知ったわ。私は全知全能の神ではないのよ」
「そうなの? 僕はずっと君が好運の女神だと信じてたよ」


セルティは少し下を向いて笑いを堪えた。
さっきは「王女さま」で、今は「好運の女神」である。
他愛のない話でも、彼女にはススムが話し相手だと楽しい。


『ゼーリックの予言』…


「もしギリシャがユーロ離脱すれば、スペイン、イタリアなどユーロ
圏全体がパニックとなり、大惨事に発展する。そうなれば2012年の世
界の金融市場は2008年に起こったリーマンショックの再来となる」


              ☆


「でも、『予言』というのは未来を予測することよ。
準備して『計画』する事とはぜんぜん違うとは思わない?」


ススムはビールを飲みながら、半分怒ったようなセルティの言葉に
うなづき、もう片方の手に持っていたビールの入ったグラスを彼女
に手渡した。


「な〜んだ、ススムもそう思ってたんだ」
「僕でなくても皆なそう思うよ。いずれにしても、もう時間がない」
「そうね。ギリシャの総選挙は明日だものね」


二人がブックメーカーのオッズ(賭け率)をみるとギリシャの再選挙
は新民主主義党(ND)が優勢のようだったが、新聞各紙のサイトを
見ると、やはり接戦は避けられないようだ。


「ねえ、ススム。見て、これ…」
「わあっ、ひどいね。歴史的建造物が落書きだらけじゃないか」
「これが今のギリシャなのね、人々の心が荒廃してるじゃない」
「本当だね。これじゃあ、財政援助しても経済の再生なんてムリだよ」


セルティはここで別のサイトをリクエストした。


ムーディーズがスペインを3段階格下げして、キプロスを2段階格下
げし、オランダの5つの銀行を格下げしたことが分かる。


「噂ではイギリス、ドイツ、アメリカ、日本あたりが次の格下げ候補
らしい。でも、これだけの格下げ攻撃を受けたら、ギリシャ総選挙後
のG20で金融緩和が発表されても意味がなくなるんじゃないかな」

「今週末にはエジプトとフランスでも選挙があるのね。3つの選挙の
結果が週明けのマーケットでどんな反応を引き起こすのかしら」


ススムはセルティの肩を軽く揉みはじめた。


「ウフフ…」
「どうしたの?」
「いま、ススムの心の声が聞こえたの」


セルティはいたずらっぽく笑った。


「へえ、僕がテレパシーを使えるのを今知ったの?」
「違うわ。私の読心術が天才的なのよ」


彼女はそう答えると、スペインに関する情報にアクセスしはじめた。


失業率が高く、住宅価格の下落率は過去最大となっている。今年スペ
インの住宅価格はどこまで下落するのか、想像するのも恐ろしいと
二人は思った。


「スペインの海外融資残高は、1兆2000億ユーロあるね」
「もし、スペイン国債がジャンク扱いになればどうなるのかしら?」
「融資を受けてる国や企業は大変だろうね、返済に追われるから…」


              ☆


ススムはちょっと浮かない顔をした。


「どうしたの?」
「いや、僕のテレパシーはまだ未熟らしい」


セルティは今度こそ、彼の心が読めたと確信した。


「ああ、分かった。すぐに着替えるから。ごめん、おなか空いたよね」
「そっ、そうなんだ。よく分かったねぇ! さすがだ」


ススムはクローゼットに向かう彼女を見ながら、ため息をついた。
自分のテレパシーも彼女の読心術も、空想の産物だと自覚したのだ。





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