自称ピノックと名乗る男は、それから一時間ほどススムと話した。
「あれだけの放射能の中、日本人はよくも平気で暮らせるものだな」 「君はそんな日本人のメンタリティーについて尋ねたかったのかい?」 「そうなんだ。広島や長崎の原爆投下を経験した民族であり、チェル ノブイリ事故の事例を踏まえれば怖くてたまらないハズだ」
「何事も堪えて我慢すれば、いずれいい事がある。福島や東北の人た ちはそんな我慢強さで生き抜いてきたんだよ。放射能ごときには負け ないと思ってるんじゃないかな」
「昔『おしん』というテレビドラマがあったね。私のワイフはあれを 見て泣いたんだ。中東でも人気だったらしいけど…。なるほど、東北 にはおしんのような人々がたくさんいるという事かな…」
ススムはワインの美味しさに目を細めた。
「消費税増税の報道をみると、マスコミの大衆心理操作がうまく行っ てるというより、日本人が物事を考える力が弱くなっただけという気 もする」
「たとえば?」
「ヨーロッパ諸国は消費税率20%程度、日本は5%だ。だから20%ま で上げてもいいという子供騙しにのロジックに引っかかってる」
「分かったよ。国民よりも先にマスコミが官僚のウソに引っかかったんだ」
ススムはペンとメモをポケットから出して数字を書き込んだ。
「国税収入に占める消費税の割合だけど、たとえばイギリスは税率17.5% の消費税で国税収入23.7%。それに対して日本は地方税の1%を引い て4%の消費税で国税収入の38.4%。日本の場合、消費税率1%で2.5 兆円といわれる。これで消費税を5%上げたとしら…、 この式で計算すると…51.2%」
「日本の消費税は、フランスの47.1%を抜いて世界第一位じゃないか」
ピノックは笑いながら鴨の切り身を口にした。
「日本人は『Mr.オザワ劇場』をテレビで見ながら地獄に落ちるな」 「働く者は所得税と住民税でやられ、働かない者は消費税でやられる」
ピノックは軽く手を挙げて次の料理を催促した。 ススムはメモをポケットに戻して口を開いた。
「その前に、福島第一原発4号機が倒れて北半球がダメになるかも…」 「4号機か…。たしかチェルノブイリの10倍の放射能をもつと聞いているが…」
「僕もそう聞いてます。建屋の上部にある使用済み燃料プールには 1535体が保管されてる。すでに高さ13mの外壁の傾きが先月3.3cm、今 月は4.6cmにもなると東電は把握してます」
「合衆国も西海岸だけじゃ、すまないって話か…」
ピノックはナプキンで口をぬぐい、再び口を開いた。
「日本からの報告では福島1号機の地下で100万Svを計測したというよ」 「東京電力が正直に発表するかな?」
「いずれにしても次の株主総会で国営化することが決まるから、すべ ての責任は国民の税金でまかなうし、それまで誤魔化せればいいと考 えるかも知れないな」
デザートがテーブルに載せられた。これがメニューの最後らしい。
「私は日本のアイスクリームが好きだったんだけどね」 「今はマトモに飲める牛乳がほとんどないですから…」
「そういえば君は輸出関連株を買ったのかい?」
「消費税増税で莫大な利益を得るのは分かりますけど、そんな企業の 株など買いたくありませんよ。めぐりめぐって、結局は不幸を背負う ような気がしますから…」
「そうか、よかった。君とはまた会えるな。今日は時間をとってくれてありがとう」 「僕はまたロズウェルの話のつづきを聞かせてもらえるのかと思ってました」 「じゃあ、この次はニューメキシコ州アラモゴードにご招待しようかな」 「1964年4月に彼らが来た場所ですね。楽しみにしてます」
ススムは会食を終えてホテルに送られ、部屋の窓から夜空を見上げた。
“12人の地球人が37光年の距離を約9ヶ月で旅行したとは、すごい話だ”
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