ススムは約束の時間にホテルの前で待っていると。 黒人と白人のセキュリティーが彼を車に案内した。
「きょうはまたスゴイ車でお出迎えですね。ボディ・チェックは?」 「もう終わってます。携帯電話とサイフ、メモとペンをお持ちですね」 「さすが、車そのものがセキュリティー・マシンなんですね」 「着くまで少し時間がかかります。スコッチでもいかがですか?」 「ありがとう。じゃあ、遠慮なく…」
いつの間にか窓にはシールドがかかって景色が見えない。 ススムは勧められたようにグラスにスコッチと氷を入れて飲み始めた。
それから約40分ほどしてススムを乗せた車は、ホテルと思われる地下 駐車場に乗り入れた。彼ら3人はエレベーターでレストランのある階 に到着した。
広いレストランの窓側の奥の席に、約束した相手は待っていた。 ちょっと見回しても店内にはほとんど客らしき人はいない。
「やあ、久しぶり、ピノック。きょうはこの店、ヒマみたいだね」 「ようこそ、DCで会って以来だね。今日はこの店、私が借り切った」 「ワシントンDCのときは、ずいぶん混雑してたよ」 「あの店ね。実は従業員もお客も全員セキュリティーだったんだよ」 「相変わらず、すごい事をサラッと言うね」 「まあ、私のおすすめの料理を楽しんでくれたまえ。ワインも最高だよ」
ススムは次々運ばれる料理のおいしさに驚きを隠せない。 ワインも趣味がよすぎる。その姿にピノックもご満悦のようすだ。
「日本は原発事故の問題でたいへんみたいだね」 「他人事みたいに言うなよ。ピノック。君たちにも責任はあるだろう?」 「軍人は皆な命令されたことを遂行するだけだよ」 「まあ、そうだよね。なぜあんな事をしたのかなんて理由分からないよね」
「そういえば、西日本でも亜急性甲状腺炎が発症してるそうじゃないか」 「よく知ってるね。日本国内でもほとんどニュースになってないのに…」
「チェルノブイリ事故の後、ヨーロッパ各地でその病気が発症したん だよ。放射性物質が甲状腺に入り込んで起こるらしいんだが、日本で は産地偽装で汚染された食べ物が、全国に流通しているみたいだから、 今後も内部被曝でいろいろな病気が起こると思うよ。それに猟奇的な 犯罪や交通事故なども多発するだろうな」
「放射性セシウムが脳を破壊するからだろう?」
「それもあるが、目に見えない物質だから防ぎようがない。亜急性甲 状腺炎に関してはバセドウ病と同じように動悸や息切れ、発汗、倦怠 感などの症状が現れる。30歳代、40歳代の女性に圧倒的に多く現れる らしい。男性の12倍も発症しやすいと記憶しているよ」
「『新世界秩序』で日本は7000万人まで減らすと聞いたけど、 その通りになる?」
「このままだと、その半分も残らないかも知れない。それにヘタをす れば日本人というだけで、たとえ放射能被曝とは関係なくても受け入 れてくれる国さえなくなるかも知れない」
「君のことだから、僕の出入国の記録も全てチェックして、 僕が放射能被曝してないことを確認したんだろう?」
「ああっ、2010年12月以降、君は日本に帰国していなかった」
ピノックはここで別のワインをオーダーした。
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