ワルキューレが拝殿から鳥居に向かおうとする途中、突然、 30代前半の女が、彼女の背後から近づき、拳銃を向けた。
ワルキューレより少し先にいたヴァレリーと案内役の山本真 奈美は、何事が起こったのか、とっさには理解できなかった。 しかし、前方から走ってくるワルキューレのセキュリティの 男たちのようすを見て、まさかと思う。
事態はそれだけで済まなかった。
2人の男たちがサイレンサー付の拳銃を手に、 建物の陰から現れ、ワルキューレに近づぐ。
セキュリティの男たちは、ヴァレリーと山本真奈美に近づくと それぞれの手を引いて、いそいでその場から遠ざかろうする。
その光景に、ワルキューレに拳銃をつきつけた女と、その仲間 の男たちは失笑する。彼らは護るべき女主人を見捨てて逃げる セキュリティの男たちをあざ笑ったのだ。
「まったく、なんの役にも立たないボディーガードだぜ。 こんなに楽に、女を拉致できるんだったら、俺たち、要ら なかったですね、姐さん」
「本当ね、じゃあ、あとは、 この女を本国に連れ帰るから、 例の手はずでお願いするわ。さあ、あんた! 手錠するから 両手を出して! ねえ、私の英語分かるでしょ? アメリカ の大学でも上手だってホメられたのよ、わたしの英語…」
当のワルキューレは、まったくあわてる様子もなく、怯える 素振りもない。ただ、おだやかな表情で、拳銃を向ける女の 眉間に視線を合わせている。
女は、ワルキューレに見つめられ、眉間のあたりが少し痒く なる。何となくだが、自分の意識を読み取られているような 気がした。
ワルキューレが静かに口をひらく。
「あなたは中国人なのに、共産党を信じているなんて珍しい 女ね。それにしても、わたしがこうした儀式を内密にすること を察知していたのには、正直驚いたわ」
「あらっ、それってホメ言葉かしら? だったら嬉しいけど、 あなたにそんな儀式をされて、もし万一、この日本という国 が本当に復興したりなんかしたら、それこそ我が国には 不利益だわ」
「ふ〜ん、あなたって、完璧に洗脳されているのね。今、 あなたの記憶を少し読み取らせてもらったけど、まさか本当に 中国共産党が中国人民を救ったと信じているとは思わなかったわ」
女は中国の工作員と見抜かれて驚くものの、ワルキューレが 絶対的に不利な状況下にあることに変わりがないことに、 気持ち的には十分な余裕がある。
「まあ、せっかく会えたんだし、わたしもあなたに何かして あげたいと思うの。そうね…、蒋介石率いる中国国民党と日 本軍が戦っていた当時の中国に行かせてあげるわ。
「なに? 頭おかしんじゃない、この女…」
「当時、中国共産党は、ただの山賊だったの。地元の人たちは 迷惑していたのよ。だから、中国に住む人たちは日本軍が助けに きてくれるのを待っていたの。日本軍が来ると知ったら、いつも 逃げ回るような情けない人たちが、中国共産党だったのよ」
「うるさいわね! まったく、この女、 ウソばかり言って! 何を証拠にそんな事を言うのよ!」
「わかっているわ、たとえどんな証拠を見せても、あなたが それを受け入れないだろうってこと。だから、実際に行って 確かめてごらんなさいよ」
「えっ? あんたバカね。人間が、そう簡単に、 過去に戻れるわけないでしょう。それに…」
女がしゃべる途中、ワルキューレは両目にカッ!と力を入れ、 両手を彼女に思いっきり伸ばして氣を発した。女は一瞬にし て空間の中に消えた。
工作員の男たちは、一瞬何が起こったのか分からなかった。 ワルキューレは、不安にかられる2人の男を見て口を開く。
「あらっ、あなたたちって、意外とイケメンじゃない。 きっと、アメリカの刑務所にいる男たちなら、あなたたちを 愛人として気に入ってくれるんじゃないかしら。」
ワルキューレの言葉に怯えた男の一人は、とっさに拳銃の引 き金を引き、弾丸も発射されたが、ワルキューレに到達する 寸前、男たちもその弾丸も、先の女と同じく、どこかに消え てしまった。
ワルキューレは、片手をあげてセキュリティの男たちを呼ぶが、 ヴァレリーと山本真奈美は、ここで一体何が起こったのか 理解できていなかった。
「あの、ワルキューレさま。先ほどの者たちはどちらへ?」
「女の方は1940年代の中国よ。たぶん、山賊で中国の人たち を襲う共産党軍を目撃してると思うわ。それと男たちの方は、 アメリカの州刑務所よ。収監されているマフィアのボスのと ころに送ったけど、今頃、ボスを殺しちゃって大変な騒ぎに なっているかも知れないわね」
ヴァレリーと山本真奈美は、そういわれても、すぐにはピン と来なかった。セキュリティの男たちが苦笑いしながら、 口を開く。
「実はオレたちが護っているのは、ワルキューレさまじゃな いんです。ワルキューレさまが超能力を発揮されると、不可 抗力みたいな感じで、近くにいる人まで、別の次元に飛ばさ れちゃうんですよ。ですから、わたしたちはその人たちを護 るためにいるんです」
「別次元?」
「はい、以前、月面でリーバイスのジーンズが発見された ニュース聞かれたことありませんか?」
「あっ、わたし、それ聞いたわ。でも、それって米軍の プラズマの実験で瞬間移動したものじゃなかったの?」
「ええ、月面で発見された巨大な戦艦は、初期のプラズマの 実験の頃に、たまたま行ってしまったものらしいんですが、 リーバイスのジーンズの方は、検出されたDNA鑑定からす ると、ワルキューレさまに性的ないたずらをしようとした男 だった可能性があるんです」
「プラズマの実験って、あのテスラー・コイルを使ったら、 電磁波でいろいろなものや人間がとんでないところに瞬間 移動したって話でしょう? でも、ワルキューレさまは…」
「ああ…、ちょっと説明はむずかしいんですけど、人間には 元々テレパシーやら透視とか、念動力とかの能力ってあるみた いなんです。それで、ワルキューレさまは、たまたまそちら の方の遺伝子が先天的にめざめてたらしんです」
ワルキューレは、セキュリティの男の 言葉に、ふと感じるものがあった。
「もしかしたら、福島第一原発事故で拡散した放射性物質は、 本当にたくさんの犠牲者を出すと思うけど、半面、とんでもない 遺伝子を日本人に目ざめさせるかも知れないわ。もしそうなったら、 ここに地球上で最強の民族が登場することになるわね」
たとえ、数パーセントでも、現実にそうなる可能性があるこ とを、その場にいた者たちも理解しはじめた。
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