あくまで、ヴァレリーは“想像上”の話と前置きしながら話した。 なにしろ、彼女はあちこちの会話の中で、断片的にか聞いていない 情報を、彼女なりにつなぎ合わせて話そうと思ったからだ。
近い将来、南シナ海で、ある日突然航空機が消息を絶ち、その 飛行機をめぐって世界中が大騒ぎとなる。ハイジャックなのか、 事故なのかは不明でも、該当機を保有する航空機株は急落する のは間違いないらしい。
ひそかに空売りで儲ける話が流れるのは、 その事件ゆえだろうとヴァレリーは話した。
しかし、事件はそれだけで終わる性質のものではないらしい。
失踪後、その飛行機に乗り合わせた搭乗客の多くが、中国本土 の出身者であることを口実に、中国当局は航空機の捜索を永遠 に続ける。
ベトナム、インド、オーストラリアなど、近隣の領海を侵入し、 いろいろ言い訳しながら、とにかく南シナ海に居座りつづける。 最終的に基地までつくって、実行支配にこぎつけるつもりだ。
また、飛行機には複数の人民軍最高幹部が搭乗しており、 彼らは共産党の中央執行部が犯してきた不正の証拠を握っている。 それが暴露されることは、中国以外の“ある超大国”にも不都合な 情報であるため、ぜひとも潰さなければならない。
さらに、同機にはレーダーに関する技術者たちと、世界最小の チップを開発している技術者たちが搭乗する。
すでにアメリカのステルス機は、“見える”ステルスである ことは世界中に知られている。最新鋭で高価な戦闘機でさえ、 怖くて、中露の空に近づけないだろう。
しかし、それを乗り越えるため、新たなレーダー技術がひそかに 開発されてきたのだが、それを手に入れた者が、軍事的優位に立つ のは当然の話だ。その話には各国のスパイだけでなく、死の商人 たちも強い関心を寄せているとの噂を聞く。
ただ、ヴァレリーが一番気になったのは、世界最小のICチップ を開発した技術者たちがいなくなることで、その特許権がどう なるのか?…という点だった。
それらの話を一気に話したヴァレリーは、セキュリティの 男から、お代わりのワインが入ったグラスを手にした。
彼女の話を聞いた者たちは、すでにその飛行機が、 事故やミサイルで墜落する類のものではないと感じた。
デヴは、彼女の口からICチップという言葉が出て、何年か前に アメリカのワシントン州立大学で行われた実験について思い出した。
その実験とは、人間の脳の信号を、インターネットを 通じて、離れた場所にいる別の人間に伝えるものだった。
同大学キャンバス内の離れた部屋で、送信者の教授が電極のついた ヘッドギアを装着し、別の部屋にいる受信者の別の教授にコイルの ついたヘッドギアを装着する。そして、それぞれのヘッドギアは パソコンを介してインターネットでつながってる状態に設定する。
実験では、片方の教授がゲームの画面で「標的を撃つ」という イメージで脳波を送ると、受信者は、自分の意志とは関係なく、 標的を撃つための発射ポタンを押してしまうのだ。
世界最小でエネルギーの消耗もなくないICチップが、予防接種 や手術の際など、あらゆる場面で体内に埋め込まれたら、人類 すべてが監視下に置かれるだけでなく、勝手に身体を操作され てしまうのではないか…
デヴも、そのICチップの行く末を案じた。
一方、ヴァレリーにグラスを渡したセキュリティの男は、 ちょっと疑問を感じた。もし、実際にハイジャックするとしても、 現行の警備体制で、飛行機を乗っ取ることは簡単ではないからだ。
それに対して、ヴァレリーは、操縦士、つまり機長に対して、 マインドコントロールが行われたらどうか?と切り替えした。
実は、彼女はある場所で、偶然、あるコンピュータの画面をチ ラッと見てしまい、その画面がどうにも忘れられなかった。 その画面には、何枚かの写真が貼られ、飛行機を操縦する パイロットとその家族のリサーチだった。
もちろん、それらが今後世界に不安と混乱を巻き起こすであろう 事件に、果たしてどこまで関係するのかどうかさえも分からない。 でも、例によって、彼女の勘がその関連性を告げていた。
重要なプランを実行するためには、しっかりしたマインドコン トロールを行わなければならないが、そのためには、その対象 者だけでなく、その人物の生活環境にも細心の注意を払わなけ ればならない。
夫婦仲がよく、家族との愛情関係が良好な者に、 マインドコントロールを仕掛けるのは効率がよくない。
できれば、孤独で不平や不満がいっぱい。夫婦仲が破綻して子 供からも見放され、社会に妬みや怨み、疎外感を感じる者…。
何かあれば、被害者意識にかられ、責任転嫁する。殺人や レイプ、麻薬、不倫、同性愛や小児性愛も志向するような…。
要は、ターゲットが不安定な精神状態であればあるほど、好都 合なのは、たしかなのだが、ヴァレリーは、そのコンピュータ の画面の調査項目が、ふつうのリサーチとはずいぶん異なるこ とが気になっていた。
ワルキューレは、ワインのお代わりを頼みながら、ふと思い出した。 彼女の叔父が、空売りの話をした際、誰かに電話をかけていたのだ。 その断片的に聞こえた内容は、どこかの国に船で大量の兵器を 移送する手はずのように思えたという。
「もしかしたら、それって、イスラエルがシリアを 攻撃するためのものかしら? どう思う、デヴ?」
「うん、そうかも知れないね、ヴァレリー。たくさんの艦船が 移動しても、行方不明の飛行機の捜索という名目があれば、 特に怪しまれることもないしね」
「結局、一石二鳥どころか、何鳥もの得をするって話じゃない。 でも、それって複数の国が協力してなきゃできない話だわ」
「まあ、そういうことね。たしかモルディブの近くに、米軍の 大きな基地のある島があったじゃない。そこに隠したらバレな いわよね。そのあと、どこか他の国に、こっそり移しちゃうの」
まだ、起きてもいない事件に、そんなに熱くならなくても、 というデヴの意見に、全員が納得しながら、冷蔵庫のチョコ レートのケーキに喜びの笑みを浮かべる。
ワルキューレは、ふと、彼女の叔父が最後に言った“テルアビ ブの格納庫”という言葉を思い出したが、口には出さず、 グラスに残ったワインと共に、飲み込んでしまった。
それより、彼女は、Jから託された秘密のミッションを、 どう進めるかが心配だった。もしかしたら、こうした思いが、 イエス・キリストを身ごもる前の聖母マリアの心境だったの だろうかと思いながら、飛行機の窓から青い空を見つめた。
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