ヴァレリーたちを乗せたプライベートジェットが、南シナ海の 上空を通過しようとしたとき、機長のサムウェルソンは、あわ ててコックピットのドアを開けて出てきた。
「ワルキューレお嬢さま、しばらくの間、ご不便をおかけしま すが、インターネットや外部への電話がかけれなくなります。 後方から中国のものと思われる戦闘機が2機、急接近してきて おりまして、万一の場合にそなえるつもりでございます」
「中国は、この飛行機の航路を知っているのかしら?」
「実は、Jさまが、ワルキューレさまの身の安全のために、中 国当局にフライト・プランを事前に報告しておけ、と言われま して…。それが逆に仇となってしまったのかもしれません」
「まあ、山賊ならぬ、『空賊』ということかしら? うん、 分かったわ、サム。よろしくたのむわね。でも、万一の 場合っていうと、空中戦になるのかしら?」
「空中戦と呼ぶほどのものにはならないと思います。この飛行機 には、イスラエル製のELFミサイルが搭載されておりますので、 勝負は一瞬でつきます。それに、中国の戦闘機も、まさか このような民間機に、そのような兵器が準備されているなどとは 思わないでしょうから、油断しているはずです」
「ELFミサイル?」
「はい、OTOレーダーで狙いを定めたところで、遠距離ホロ グラフィックビームを放ちます。敵戦闘機のエンジンの出力を、 高エネルギーの入力で停止させるのです。あっ、すみません。 副操縦士だけでは、準備する時間が足りないと思いますので、 失礼します」
機長のサムウェルソンは、再びコックピットの中に消えた。
「ねえ、デヴ…。ELFミサイルって聞いたことある?」
「ええっ、ELF兵器のELFは極超低周波のことで、数ヘル ツから数10キロヘルツの低周波の電波を使用した兵器です。 でも、波長の長い電磁波が、なぜか銃弾のように使えるのが不 思議なんですよね。私が知っているのは、かつて、旧ソ連を偵 察していたアメリカの航空機が、上空2700メートルの上空から ELFミサイル狙撃した話ぐらいですかね…」
「もし、そのELFミサイルで、ふつうの民間機に向けて攻撃 したら、どうなるかしら?」
「う〜ん、私もそちらの方面は、あまり詳しくないのですが、 経験的に考えるなら、まず間違いなく起こるのは電源喪失じゃ ないですかね」
「電源喪失?」
「そう…。ほらッ、よく映画なんかであるでしょう、『メーデ ー』を3回繰り返して遭難を知らせる信号。それからハイジャ ック犯が飛行機を乗っ取りに来たときにそれを知らせるハイジ ャック信号ってあるんですけど、電源喪失が起こると、そんな 信号を一切出せなくなって、今まで普通に交信を繰り返してい た航空機が、突然通信が途絶えて消息を断っちゃうでしょうね」
「恐いわね、すぐに海や陸地に落ちちゃうの?」
「いいえ、今の飛行機はそんな状態になっても、少なくても4 時間くらいはグライダーみたいに飛べるはずですよ。距離にし て2000キロくらいかな…。そういえば、この近く…、ベトナム には戦争時につくられた簡易的な飛行場がたくさんありますから、 そこに不時着するって手もありますね」
「そうなんだ…。デヴはいろんなこと、知ってるのね。そうい えば中国の新しい国家主席は、軍部のお飾り的存在だって、 アメリカのシンクタンクが言ってたわね」
「そうなんですか? では、中国では、事実上の軍事クーデター が成功したってことでしょうか? 表面的には『中国共産党』 が支配する国ですが、実質的には、中国軍が支配する国ってこ とですかね?」
「そうなるかも知らないわね。アメリカだって、黒人初の大統領が マペット(marionette:操り人形と、puppet:指人形の合成語) だってことは、おそらく、どの国のリーダーも知ってる話でしょう」
「ええ、たしかに…。でも、ヨーロッパの貴族たちは、彼に対して、 あまりに失礼極まる態度を執るのは好きじゃないですね。でも、 彼にはよくない噂が多すぎます。元KGBのスパイだったとか、 奥さんはニューハーフじゃないかとか、ホモの噂もあったり…」
「アハハハ、そうね。私も彼の奥さんの筋肉隆々の写真を見て、 笑っちゃったわ。あれ、やっぱりオトコなんじゃないかしらね。 どう見ても女性らしい身体には思えないわよ」
そんな二人の会話を、ほほえみながら聞いていたワルキューレは、 後方席にいるセキュリティに、「赤ワインをちょうだい」と 声をかけると、2人のセキュリティは安堵の顔をあらわした。
ワルキューレが、リラックスしたときは、いつも 問題が解決した後であることを、彼らは知っていた。
機長のサムウェルソンが、再びコックピットから姿を現した のは、ワルキューレがワイングラスを手にした瞬間だった。
「お、嬢さま。先ほど中国の戦闘機は西45度の方角に逃げま した。太平洋艦隊の攻撃機が3機、来てくれたおかげです」
ワルキューレが飛行機の窓から、3機の米軍戦闘機を確認した。
「へえ〜、あれがファントムっていうの。素敵ねえ〜。ねえ、 デイヴィットさん、あの飛行機は何って名前ですの?」
「はい、たぶん、FA-18F スーパーホーネットのダイヤモンド バックスと、ロイヤル・メイセスでしょうか」
ワルキューレは、彼らにぜひお礼をしたいと言い出し、上半身 ハダカになって窓から戦闘機の乗員たちに笑顔をふりまいた。 その光景に乗員の一人が気づくと、無線でそれを知った他の機 が交互に接近を試みてくる。彼らは手を振る仕草で、彼女の 気持ちに答えた。
「ねえ、ヴァレリー。さっき、クリトリスの話してたでしょ…。 舌で舐められるのが衛生的に問題があるって、何が問題なの?」
「あっ…、すみません。ワルキューレさま、後ろ向きで話されるとは 思いませんでしたので、ついワインが気管に入ってしまったようで…。 ウッフン、ウウウ…」
「だいじょうぶ?」
ワルキューレは、振り向いて、ヴァレリーの背中をさすった。
「はい…、大丈夫です。人間の舌は思った以上に不衛生なところ なんです。そこには雑菌がいっぱい溜まってますので…、不用意 に女性がクンニリングスなどされますと…。ウッ、ウウウ…、 まず男性は歯ブラシで舌を磨いてから…、ウウウ…、グッ…」
「ごめんなさいね、ヴァレリー。変な質問して…。ところで、 もう一つ、ぜんぜん違う質問で申し訳ないんだけど…、オラン ダの叔父が、近い時期に、あるアジアの航空会社の株を空売り すると儲かるみたいな話をしてたの。私には全然興味のない話 だったから聞かなかったけど、あなた、何か知ってる?」
「その件でしたら…。でも、ここでお話してよいのかどうか?」
ヴァレリーは、2人のセキュリティの方を見ながら、少し不安な 表情を浮かべた。それを見たワルキューレが心配しないで大丈夫 と告げると、お話できる範囲で、とヴァレリーは口を開いた。
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