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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第110回   女子高校生とメル友に
デヴは、ワルキューレの向かうコンピューターの画面をみて
最初に驚いたのは観戦者数の多さだった。それに彼が見ている
この瞬間にも2桁ずつ観戦者が増えている。


彼が盤面をみる限りは、ワルキューレが日本の初段のプロ棋士
を上回っている。対戦2日目で日本のプロに勝つとは驚くべき
才能だと舌を巻く。



「さすが、チェスのヨーロッパ元女王だけありますね」


ワルキューレは、デヴのその言葉に、まんざらでもない笑みを
浮かべたが、次の瞬間、彼女はコンピューターのマウスをクリ
ックする指を止めた。



「彼の今の一手、実に見事だわ。完敗よ。悔しいわ! 私は彼
の本当の狙いに気づけなかった。ここまでは私の思うように事
が運んでいたはずなのに、その実、すべては彼の描く道筋に
誘導されていたのね。囲碁って、思ったより奥が深いわ」



ワルキューレは画面にある投了のボタンをクリックすると、
チャットのモードに切り替え、日本のプロ棋士に称賛の
メッセージを書き込む。


すると、すぐに返信が届く。



「あらっ、英語ね…。へえ〜、今日も彼はガールフレンドと
一緒に病室にいるのね。何だかうらやましいな。あっちもこっち
も仲のいいカップルばっかりで…」


ワルキューレはそういいながらヴァレリーとデヴの方をみると、
二人は彼女に返す言葉もなく、微笑みながら、すみませんねと
いう意思を込め、両手をひろげるジェスチャーを返した。



「日本のプロ棋士のガールフレンドは、私とメールのやり取りが
したいらしいわ。ついてはメールアドレスと私の写真を送って
ほしいって…。ねえ、誰か私の写真撮ってくれないかしら」


すると、セキュリティーの男の中の一人が、デジカメを探して、
そのまま彼女を写そうとした。だが、ヴァレリーは彼女が裸で
あることに気づいて、あわてて服を着るように注意する。



「こういうの日本では『メル友』っていうのよ。でも、私の
日本のメル友第一号が、女子高校生って、考えもしなかったわ」


「ワルキューレさま、いつになく嬉しそうですね」



ヴァレリーの言うように、ワルキューレは楽しい気分でいっぱ
いだった。結局、ワルキューレとヴァレリーとデヴの三人が
一緒に写った写真が撮られ、欧州貴族の娘と、日本の女子
高校生のメールを介しての交流が始まった。



「名前は、Akari…、アカリさん?」


「発音はそれでいいみたい。たぶん、ともし火とか電灯とか
ランプとか、そんな意味を持つんじゃないかしら?」


「ワルキューレさま、先ほど対戦されてたプロ棋士、まだ十代
で、事故にあわなければ、明後日、韓国で開かれる大会に参加
するようでだったようですわ。中国と韓国の代表と団体戦だそ
うです」


「ほんと!それは面白そうじゃない。その大会、ぜひ見たいわ
 ねえ、飛行機をこのまま韓国に向かわせれないのかしら?」



ヴァレリーは、ちょっと困ったなという思いを隠して、タブレット
コンピューターで、いくつかの部署に問い合わせをかける。


「ワルキューレさま、申し訳ありませんが、その大会の開かれ
る韓国の首都ソウルは、日本の東京よりも放射線量が高いので、
この飛行機を向かわせるわけには参りません」


「えっ、なぜ? フクシマの影響なの?」


「いいえ、気流の関係から福島原発事故の影響とは別の原因の
ようです。衛星で観測するデータとは別に行っている調査では、
道路そのものが危ないようです。おそらく、アスファルトに
何かの放射性物質が混ざっているのでしょう。あと、ソウルの
中心にある貧民街から異常に高い放射線量が観測されています」


「ねえ、ヴァレリー。あなたの知っている
 情報ってそれだけじゃないでしょう?」


「はい、ワルキューレさま。やはり、五重螺旋のDNAをお持
ちの方には、私の隠し事など、たやすく見透かされてしまうよ
うですね。まあ、あくまで噂ではありますが、韓国のいくつか
の原発が電源喪失で放射能が漏れているほかに、軍事用にと、
秘密裏に核開発をすすめているようです。でも、未だ成功して
いないようです。ただ、その実験に失敗して要らなくなった
放射性廃棄物の捨て場所に困って…」


「ああっ、分かったわ。それ以上聞かない。予定通りのコースで
日本に向かってくれるかしら。あらっ、今回は北極を通るコース
じゃないの?」


「はい。当初は北極を通る予定でしたが、現在、北極圏上空は
フクシマからの放射性物質を含むガスが大量に流れ込んでおり
ますので、インド洋方面を経由して、日本のほぼ中心に位置す
る地域の空港に向かっております」


「ねえ、フクシマの原発事故の影響って、チェルノブイリの原
発事故と比較してどうなのかしら? 東京は2020年にオリンピ
ックも開催されるっていうくらいだから大丈夫なんでしょう?」


「そうですね。たとえば、チェルノブイリの場合、子供の甲状
腺ガンは事故後4年頃からポツポツ出てきましたが、フクシマ
の場合は事故後2年になる前に現れています。チェルノブイリ
が原子炉一基の事故なのに対して、フクシマは4基が一気にダ
メになっていますから、異常な早さで、たくさんの人が亡くな
る可能性は高いと思います」


「それじゃあ、東京は…」


「はい、フクシマをチェルノブイリとすれば、東日本の東京は
ロシアのキエフ、西日本の広島市あたりがポーランドという距
離に相当します。それでご存知のようにキエフでは…」


「分かったわ。要するに私は東京には行けないってことなのね。
う〜ん、残念だわ。さっきの女子高校生と、彼女の彼氏に会い
たかったのよ」


ヴァレリーは、ワルキューレに申し訳ありませんという表情で、
元にいた自分の席に座る。彼女は手にしたタブレットの画面の
日本地図の中で、西日本が大陸側にすべり、東北地方が太平洋
側にゆっくり移動しているさまを見つめていた。


神は、救いようのない東北を、海に沈められる
おつもりなのだろうかと、胸を痛めた。



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