デヴは、車の鍵を手にしたとき、ふと、ベッドの端に座る ヴァレリーの背中が気になって、彼女の両肩に手を置いた。
ヴァレリーは、どうしたの?という顔をしながらも、両肩に 置かれたデヴの手の感触に、意識を集中させる。彼女は、、 何とも言えない、そのやさしい温かさに幸せを感じた。
「ヴァレリーさま、手を置いたところは、温かいですか? そうですか。それはよかった。昨晩、私が手を置いたときは、 温かく感じられなかったようですから、よほど肩が凝って おられたのでしょうね」
ヴァレリーは、ただ肩に手を置かれただけなのに、こんなに癒さ れるとは思わなかった。きっと、デヴは目を閉じて自身の両手に 精神を集中しているに違いない。
いや、もしかしたら、「氣」という不可思議なパワーの出し方を ススムから学んで送っているのかも知れない。そんな話を向けると、
「私もススムみたいに『氣』を出せるといいのですが…。でも、 男性の方が筋肉がありますから、こうやって女性に熱を送り やすいのはたしかです。すみませんが、もう少し、このまま私 の手を置かせてください」
ヴァレリーは、嬉しくて、目が涙で潤んでしまう。 それから数分後…
「もうそろそろいいかも知れません。ヴァレリーさまの肩が、 私の手の温かさに馴染んできましたから、えっ…と、次は、 少しだけ顔をマッサージさせてください」
ヴァレリーは、すべてデヴに委ねることにした。
彼は彼女の背後に座ったまま、彼女のアゴに両手をそえると、 両耳にむけて、やさしくなぞるように何度も手を持ち上げる。 エステサロンのポスターによくあるような顔のマッサージだ。
ヴァレリーは、よほど気持ちがよいのか、喉元をくすぐられて目 を細める猫のような顔をしている。デヴに、このマッサージを受 けると顔の筋肉が引き締まって小顔になりますよ、と言われ、 彼女の口元はさらにゆるんだ。
デヴは、女性の顔には、非常にたくさんの神経が集中している と話しかけながら、彼女の顔を丹念にマッサージをつづけ、 さらにデヴの手は、彼女の髪の毛へと移る。
人間の触覚は毛の部分がもっとも敏感と言われる。
もちろん、髪の毛に神経は通っていないが、 毛根の部分は神経が集中していて刺激に反応しやすい。
デヴは、ヴァレリーの髪の毛を撫でたり、梳かしたりするが、 彼のその仕草にはこの世にこれ以上に貴いモノはないという 扱い方が感じられる。
彼は女性の髪の毛が、敏感なアンテナではないかと考えている。 ヴァレリーの髪の毛に触れながら、彼女を愛する自分の想いが、 少しでも伝わればいいと念を込めていた。
ヴァレリーは気持ちよくて、口を少し開けて笑みを浮かべ、目尻に 涙を浮かべている。このような快感を与えてくれるデヴにどんな 愛の奉仕を、お返しにしてあげようか…。
いや、彼が喜ぶことなら何でもしてあげよう。 彼女は、今、そんな衝動にかられている。
デヴは、ヴァレリーの耳元に、軽く息を吹きかけるように、彼女 の名前を呼び、いたわりの言葉やホメ言葉をささやく。彼女には その度にゾクゾクっとするような快感が身体中に走った。
女性の感じやすいところは、うぶ毛の集まっている部位にあり、 耳穴に近い耳珠もその一つ。神経組織が濃密に存在しているので、 そこで愛をささやくことは、性感を二重にも三重にも刺激するこ とになる。
実は、デヴ。
彼の愛撫の仕方は、ススムがセルティを愛する姿を見て学んだ。 彼は幼い頃に両親を亡くし、遠縁の家庭を転々した。それは ヴァレリーも同じなのだが、夫婦がどう愛し合うのか、 その見本を見ることなく育ってきた。
彼にとっては、ススムとセルティが両親の代わりとなって、夫婦 愛を示してくれる存在だった。性器を結合するセックスばかりが 愛なのではなく、お互いがどう愛を表現し、相手を労わり、元気 づけるのか…。ときに兄や姉のようになり、ときに弟や妹になって…。
デヴは、いつか自分の大好きな女性と、あの二人のような関係に なって、末長く暮らしたいと願っていた。そして今、ヴァレリー との間でそれを実現できるかも知れないと、期待で胸をふくらま せている。
デヴも結婚するより、その結婚を、いかに美しく持続させれるかを、 真剣に考えてきた。プロポーズして結婚するときがピークなのではなく、 結婚後に、さらに幸福感が増すための英知がほしかった。
そのお手本が、デヴにとっては、ススムとセルティだった。
ヴァレリーは、少しでも自分の身体をデヴに触れさせたくて、 後ろに、もたれかかる。
デヴはそんな彼女を背後から抱きしめると、彼女の手を握り、 手のひらを指でスーッと撫でたり、手の指と指をからめ合わせる。 こうした指の使い方は、女性にセックスを連想させるものだが、 このときのデヴはそうしたことを意識していなかった。
でも、された方のヴァレリーの身体は反応しはじめていた。
デヴは、後ろ向きにキスを求めるヴァレリーの唇が可愛くて、 舌先で、上唇と下唇をなぞるように舐め、ちょっとしたイタズラ で鼻先にキスをお見舞いする。
不意をつかれたヴァレリーは笑いながら、両手をデヴの頬に置き、 もっとちゃんとキスしてと目で抗議する。
デヴは頬を触る彼女の手を、自分の両手で上から覆う。 そのとき、ふと、あるツボのことを思い出した。
“たしか、手首の甲側の真ん中には、ススムから教えてもらった 陽池(ようち)というツボがあったはず。ちょっとヴァレリーさ まの手をお借りして実験してみようかな…”
彼は握った両手を下に下ろし、なお、そのツボを軽く押し続けな がら、ヴァレリーとキスを交わした。なお、陽池は女性の性感帯 の一つであり、知らぬ間に性感を上げられたヴァレリーは、本格 的にデヴを求めようとした。
その次の瞬間、ヴァレリーの携帯電話が鳴る。彼女はせっかくの 楽しい時間を断ち切られた思いで、不満気に受話器を手にした。 相手は、先ほどデヴの部下たちを乗せた車の運転手からだった。
電話でのやり取りを終えると、ヴァレリーは考えないわけではな かったが、組織というものの、恐ろしさを改めて知った。心配そ うに彼女を見つめるデヴに、ヴァレリーは申し訳ない気持ちが こみ上げてきた。
「デヴ…、せっかくあなたと一緒になれると思ったのに…。でも、 私のせいで、あなたを死なせるわけにはいかないわ。ここで別れ ましょう。せめて、あなただけでも助かれば、私はそれで本望だわ」
詳しい内容は分からないが、ヴァレリーを取り巻く事情は思った より切迫しているらしいとデヴは感じた。彼はヒシッと彼女を抱 きしめると、次の瞬間、車の鍵をもち、有無を言わせず、彼女の 手を引いて駐車場に停めてあるバンに急いだ。
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