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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第101回   ネット碁
ヴァレリーは怪老人Jによってセルティ・セジョスティアンの監
視を命じられた。だが、まさかその恋人が、かつて彼女が好意を
寄せていた日本人男性ススムだったとは信じがたかった。


しかも、彼が自分の婚約者であるデヴと同じアメリカの大学で、
親しい間柄であったというのだから、ただの偶然とも思えない。


ヴァレリーは、デヴに、アメリカにいた当時のススムに関して、
いろいろと話を聞いてみた。当然のことながら調査書にないススム
の素状が明らかになるものの、彼が知るススムの実像は、到底
短い時間で語り尽くせるものではなさそうだ。



“この件は、誰かに引き継がせた方がいいのか?”



ヴァレリーは、心の中で一瞬そう思ったが、わざと忘れることに
した。彼女の内心で、あの組織にセルティとススムの件を追わせ
てはならない気がしたからだった。



「でも、デヴ。アメリカの大学を卒業してからは、
お互い、連絡も取り合ってないんでしょう?」


「いや、そうでもないんですよ。今月半ばにチャットも
しましたし、ときどきネットで囲碁もするんですよ、彼とは」


「囲碁?」


「ああ…、ヴァレリーさまは、ご存知ないでしょうね。私は
『碁(GO)』と呼んでいるんですが、まあ、そうですね。
オリエンタル版のオセロゲームって感じでしょうか」


「オリエンタル版のオセロゲーム? 
 デヴ、あなたそれ、上手なの?」



デヴは優しい微笑みを浮かべながら、大学生の頃、ネットで全米
チャンピオンに勝ったことがあると話した。ヴァレリーは目をパ
チクリさせながら、今度私に教えて!と、おねだりする。


ヴァレリーは、以前、チェスを教えてもらったことがある。筋が
よいと褒められ、短期間でかなり上達したが、その後、忙しくな
って、誰かとゲームを楽しむような気持ちの余裕がなかった。



“私は、デヴの趣味を理解して、彼からいろんな事を学ぼう。
たとえ、私達が、おじいさんとおばあさんになっても、二人で
楽しめる趣味をたくさん作っておけば、年を取っても毎日が
新鮮でいられるに違いない。”



「デヴ、ネットで囲碁をするって、どんなふうにするの?」


「ええっと…、ちょっと待って下さいね。ノートパソコンは?…
ああっ、どうしよう! プライベートで使ってるノートパソコンを、
機材を載せた方の車に忘れてきちゃいました」


「うふふふ、ダメねえ。じゃあ、私のタブレット、使って」


デヴはタブレットと、それに接続できる折り畳み式のキーボード
を受け取り、さっそく囲碁のサイトにアクセスする。対戦中の
組み合わせを見ながら、ススムを探す。



「へえ、世界中の人が、この仮想空間の中で、碁というゲームを
しているの…。びっくりするくらいたくさんの人が参加してるわ。
でも、これだけいたら、彼がいるかどうかを探すのも大変ね」


「いいえ、そうでもないんです。彼くらいになると閲覧者の数も
半端なく多いので、もしここに居れば目立つと思いますよ。おおっ、
いた! いましたよ、彼はちょうど対戦中ですね」


「対戦者は…、walkure、ワルキューレ? シャレてるわね。
 ワーグナーの曲名をハンドルネームにしてるのかしら?」


「いえいえ、これがまた、本名なんですよ。実は。Jさまの姪御
さまに当たるワルキューレさまです。昨年、パーティーでお会い
させていただいたとき、会食の席でおうかがいしてみたんです。
ひょっとしたらネットで碁をやってませんかって。そしたら、
たしかに、それは私ですって言われましてね。感激しました」


「そうなの…。実は私にチェスを教えてくださったの、ワルキュ
ーレさまだったのよ。欧州の大会で優勝したこともあるはずよ。
まだ、20代で独身のはずだわ。それにしても、観戦者の数が飛び
抜けて多いわね」


「本当ですね。でも、まだ、はじまったばかりです。あと、2〜
3時間くらいかかると思いますよ、この二人なら…。対戦情報を
見てみますね。ええっと、ススムが73戦全勝ですか。あれっ?」


「デヴ…、どうかしたの?」


「それが、ワルキューレさまの、ここ最近の対戦相手は、ススム
だけなんです。ほかの対戦者たちの申し込みを、全部断っている
のか、あるいはススムとだけ、時間を待ち合わせてゲームをして
いるのか?」


「どちらにしても、ススムはワルキューレさまのお気に入りって
ことには違いないわね。ワルキューレさまって…、妖精のような
美しさを感じる方だわ。でも、ああいう世界では家柄で結婚相手
が決まるっていうのがセオリーでしょう。ちょっと気の毒な気も
するわ」



ヴァレリーは横目で嬉しそうにデヴを見つめる。



「ねえ、デヴ。今、ひらめいたんだけど、あなたの宿舎に行って
みたいの。あなたがどんなところで暮らしてるのか見てみたいの。
私を案内して、お願い」


「ああああ、あの…」


「どうしたの?」


「いえ、部屋が散らかってますし、むさ苦しい私の部屋にヴァレ
リーさまのような方をお連れするのは、どうかと…」


「私に見られて何か都合の悪いものでもあるのかしら?」


「いいえ、決して、そのようなモノはありません」


「はい、じゃあ、決まり。これからデヴの宿舎に行くわよ。
それに、私、秘書をクビになったので泊まるところないの。
今晩は、あなたのところに泊めてね」



デヴからは、笑顔ながらも、ちょっと困ったなあという雰囲気が
伝わってくる。一方で、ヴァレリーはその困った表情が可愛くて
たまらなかった。




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