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作品名:本当かどうかは別として 作者:Sharula

第10回   レッスン1
朝7時前、岡島はドアからチャイムが鳴る音を聞いた。

彼がドバイのススムとのチャット画面をそのままにしてマンションの
ドアを開けると、大きめのバッグを持った青野素子がにこやかな顔で
立っている。


「あれ? おはよう。僕が迎えに行く約束だったけど…」
「ごめんね。お母さんがお昼のお弁当をつくってくれて、
 早く行きなさいっていうの。小学生の遠足とは違うっていうのにね」


素子の自然な笑顔に岡島もうれしくなってしまった。


パジャマ姿の岡島は、素子にコーヒーでも出してあげようと台所で冷
蔵庫を開け閉めしている。一方、素子は岡島のマンションのすべての
部屋を見てもらったが、殺風景としか言いようがない。少なくとも別
の女性を引き込んでいるような雰囲気はぜんぜんない。


広いテーブルの上にあるノートパソコンは、チャットが待機状態にあ
ることを示している。それに彼女は気づいた。


二つのコーヒーカップを持ってすぐ後ろに来た岡島は、チャットの相
手が、ドバイにいるススムであることを告げた


「ドバイは時差が8時間なので、あちらは今、夜の11時頃かな」
「へえ、すごい。海外にいる人とこんなふうに会話できるなんて」
「僕は外国語は苦手なんです。相手が日本人のススムだからできるので…。
 いけねっ、忘れてた。あいつをパソコンの向こう側で待たせてた。
 ちょっと待っててくださいね」


岡島がパソコンのウェブカメラとマイクをオンにすると、
ビールの入ったグラスを片手にもつススムの姿が現れた。


「おやおや、岡島。おまえにはもったいないくらいの可愛い娘じゃないか」
「はっ、はじめまして。わたし、あおの、青野素子です」
「こちらこそ、はじめまして。青野さん、僕のことはススムと呼んで
 下さい。彼はちょっと見かけは悪いですけど、中身はいい男です。
 僕が保証しますよ」


素子は少し顔を紅潮させながらも、ススムの率直な言葉に感謝した。


「はい、ありがとうございます。
 彼が同性の方に信頼されているのを知って、少し安心しました」


素子の返事に岡島はちょっとあわてた。


「少しですか?」
「いえ、かなり…」


3人はパソコンの画面越しに笑った。


「青野さん、あなたも薄々感じてると思いますが、岡島は女性の扱い
方に慣れてません。こいつの愛の告白なんか待ってたら、未来永劫
結婚なんて話は進みません。まずはキスの仕方からレッスンしてあげて
ください」


岡島はススムの言葉にあわてた。もうこれ以上何を言われるのか心配で、
これから出かけるからとチャット画面を切った。


素子はその姿を見ながら笑った。


「率直な方なんですね、ススムさんって…」
「本当に、あいつくらいですよ。上役たちに遠慮なく文句言える社員は…」
「誰に対しても、あの調子なんですか?」
「そうです。逆にあのくらいでないとタフな交渉は乗り切れないかも知れませんが…」


「敬一郎さん」


突然、ファーストネイムで呼ばれて、岡島はちょっと驚いた。


「はい?」
「さっそくレッスンしましょうか」
「レッスン?」
「ええっ、温泉に出かける前にキスの仕方を勉強するんです。一緒に…」

「いいんですか?」
「せっかくの同僚のアドバイス、ムダにしてはいけないわ」
「も、もとこ、素子さん…」
「レッスン1はゆっくりと唇をちょっと触れるくらいから…。いい?」


岡島はぎこちない雰囲気で、素子の唇にそっとキスしようとした。
しかし、彼の唇は少し軌道がズレて彼女の鼻の頭をキスしてしまう。


素子は彼の予想外の行為に笑いが止まらなかった。


もう一度、気を取り直してキスして、の一言に救われた思いの岡島は
次はやさしく彼女の唇にキスした。次は舌の先同士をちょっとだけ合
わせてみようか…と素子は嬉しそうに彼女なりのレッスンを進めた。




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