圭介が昼食に出かけようとしたとき電話は鳴った。 相手は以前、彼が東京で運勢を鑑定した会社、 その常務取締役である岩倉だった。
同社は東日本大震災以後、本社を東京から岡山に移した。
しかし、北九州市のガレキ焼却により、西日本も放射能汚染で遠からず 住めなくなる。それを懸念し、先にシンガポールへ拠点を移そうというのだ。 電話は彼に海外での新しい組織編成に協力してほしいとの連絡だった。
夕方、料亭で岩倉常務は彼の妻を圭介に紹介した。
「はじめまして、文江です。先生のことは主人から伺っております。 ぜひ一度お目にかかりたいと思っておりましたので、 今日は本当に嬉しいです」
「こちらこそはじめまして。さすが岩倉常務の奥様、品のある方ですね。 う〜ん、やはり素晴らしい方です」
その言葉に、岩倉常務が顔を紅潮させながら喜んだ。
「浅沼会長からは先生の推薦で私を取締役に抜擢してくださったと聞 いております。何人かの候補がいたにも関わらず、私の妻の運勢が 一番いいからとおっしゃって下さったとかで…」
「そうでしたね。あのときは皆優秀な方ばかりが候補で…、 皆さん、誰を常務にしようかと迷ってました」
「そのようですね」
「『男の運勢は女で決まる』…私はそう信じてます。一番のお礼は 奥様と、奥様のご家系の方々になされるべきではないでしょうか」
実際、岩倉が常務になったお蔭で会社の経営がうまく行っているとの お礼の電話を、圭介は会長や社長から何度か受けている。それを聞い た岩倉は目頭を押さえた。
「ところで、先生、そちらの女性は?」
「あっ、彼女のことは気にし…」 「はじめまして。圭介の妻、ケイトです」
岩倉夫妻はやっぱりという顔だが、さすがに圭介は驚く。
「おい!」 「いつも主人がお世話になっております」 「えっ???」
そこにいるのは、いつもの軽い感じのケイトではなかった。おそらく、 彼女がお辞儀する姿を見た者は、静かな威厳さえ感じたに違いない。
圭介は理由も分からず、言葉を失くして呆然とした。
そんな圭介に常務夫人の文江が、 よければ主人と自分の運勢を改めて観て欲しいと申し出た。
圭介は当然そう言われると思い、二人分の命式表を準備してきた。 ところが、ケイトがその命式表をもつ圭介の手を押さえた。
「あなた、今日は私に鑑定させていただけませんか?」 「えっ?」
圭介はまた驚いた。彼女にはまだ本格的に占いなど教えていないと 思っていたからだ。本当に彼女に鑑定などできるのだろうか?
一方、岩倉夫妻はケイトの言葉にとても喜んだ。 圭介はできるところまでケイトに任せてあげようと考え直した。
はじまってみると、ケイトの鑑定の流れは見事だった。
圭介は口を開けたまま、ボッ〜と彼女の話を聞きながら、 彼女の鑑定の仕方をどこかで見たような気がした。
“これって、僕の鑑定、そのままじゃないか…”
「あなた、何か不足な点があれば補足していただけませんか?」
鑑定の話を終えたケイトに呼びかけられ、 圭介はハッと我に返る。
「いや、何も問題ない。十分だった。素晴らしい」 「あなた、ありがとう」
ケイトがそう言って、圭介の左頬にキスすると、 岩倉夫妻はうれしそうに拍手を彼らに送った。
圭介は関係書類を岩倉から受け取り、ケイトと一緒に帰路についた。 車の助手席で、彼女はいつの間にか眠ってしまった。
圭介はその横顔を見て、さっきキスされたときの彼女を思い出した。 妙に色っぽくて、ドキッとするほど美しかったのだ。
「コイツ、本当に理由わかんないな」
ケイトは圭介のマンションだけでなく、 いつの間にか彼の心の中にも住みはじめていた。
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