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作品名:ときどき占い師の日常 作者:Sharula

第6回   6
土曜日、圭介は急に入った仕事で午前中だけ出勤した。

午後は馴染みの喫茶店で、昼食を食べてゆっくり過ごすつもりでいた
のだが、店に入るとマスターがカウンター越しに彼に運勢を観てほし
いと話しかけてきた。

彼に手渡されたメモには、どこかで聞いたことのある男の名前と生年
月日が書かれていた。


「この人は?」
「ニュースで話題の人なんですけど…。
 すみません、私の興味本位のお願いで…」

「いいですよ。マスターのお願いなら断れません。
 その代わり特別おいしいコーヒーをお願いします」

「ああ、よかった。特別おいしいコーヒー、承知しました」


圭介はネットブックと呼ばれる小型のノートパソコンを開いて、
メモを見ながらデータを入力し、その男性の命式を見た。


「五行官星に星が多く、食傷に星がないか…。五行としては少しアン
バランスですね。あらあら、流年と大運とも劫財ですか。う〜ん、こ
の人も大変な年を迎えましたね。時期的にはちょっとした年貢のおさ
め時という感じかな…」


マスターはコーヒーをセットしながら、
圭介の話に耳を傾けた。


「さすがですね。その人、今、殺人容疑で逃走してるんですよ」
「そうなんですか…。でも、これじゃさすがに逃げ切れないでしょう」


圭介はパソコンの画面の一部を指差して、

「今年、彼はこの五行比肩という期間なんですけど、
 この時期は誰でも逃げたくなるんです」

「つまり、それだけ辛いことや我慢を強いられることが多いからですね」

「ええ、そうです。でも、逃げれば逃げるほど境遇は悪くなる」
「だから、こういう時期は逃げるなというわけですね」
「はい、後ろに下がるのではなく、むしろ前に出た方がいい」


マスターは右手で顎のヒゲを撫でながら尋ねた。


「『前に出た方がいい』というと投資や事業の拡張に向くのですか?」
「いえ、残念ながら、この時期はお金はできるだけ使わない方がいいです」
「あっ、そうなんですか。ハハハ…、やっぱりダメですか」


マスターは圭介が以前印刷した自分の命式表を見ていた。


「でも、お墓をつくるとか、ご先祖に関わることについては例外ですよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」


二人はカウンターを挟んで笑った。


「ところで、逃走犯はどんな人なんです?」
「年上は正官・衰・正官、月上は正財・養・正官。生まれた日は癸酉で、
 病・偏印か…。もしこの人が僕の友だちなら、すぐ喧嘩別れしてますね」

「専門用語はよく分かりませんが、性格的に問題があるんでしょうか?」

「彼は頭脳明晰で緻密ですよ。勘も鋭くて、何かひらめいたらすぐに
 行動に移す人です。それから正官とか正財というのは本来吉星なんですが
 『正しい』という文字が多い人って、どこか嫌な気がしませんか?」

「…というと」

「つまり、『正しい』というのは『自分は正しい』ということで、
 言い換えれば『自分の考え以外は、正しくない』という意味なんです」

「それじゃあ、人とうまく折り合いをつけるのがヘタなんですね」

「ええ、そうなります。白黒を決めようとするし、目下の面倒は見て
 も決して甘やしたりせず、薄情で冷たく、孤独なところがありますね」

「そうですか…。生年月日でそこまで出るんですね。いやあ、ありが
 とうございました。どうぞ、お待ちかねの美味しいコーヒーです」


期待した以上においしいコーヒーに、圭介は満足感でいっぱいだった。



圭介の携帯電話にメールが届く。


「えっ! あいつまた…」
「どうしたんです?」


圭介は携帯のメールの画面をマスターに見せた。


"I had a party with my friends at home.
The fridge has not some wine and food.
Let's go shopping together later."


「もしかしたら、この間の可愛らしい女性ですかね。ありゃ、昼間
 からパーティーを開いて冷蔵庫の中身を空っぽにしちゃったんですね」

「マスター、もしかしてケイトと会ったことあるんですか?」
「ええ、圭介さんの自宅を教えって言われましてね」

「僕のマンション教えたのマスターだったんですか!」
「いいじゃないですか、彼女、いい奥さんになりますよ、圭介さんの」


圭介はヘン顔のまま静止した。


それで圭介が帰宅して玄関をあけると、ケイトと彼女の友だちのニッ
キーが「おかえり」と言って二人で抱きついた。完全に酔っぱらっている。


「おい、分かった、分かった。分かったから放せ! Let me go!」


彼女たちが酔っぱらっても英語には反応することが分かってホッとした。
だが、とても買い物など連れていける状態ではない。

また、圭介がケイトの部屋をのぞくとジュリア、パメラ、エリザベス
といった女性たちがラフすぎる格好で彼に挨拶してくる。こちらも完全に
酔っぱらっている。目のやり場に困った彼はとにかく食料品を買いに
行くことにした。


「ああ、今週末はのんびりできると思ったのに…
 僕も逃走しちゃおうかな…」


圭介はエレベーターのボタンを押しながらため息をついた。



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