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作品名:ときどき占い師の日常 作者:Sharula

第5回   5
圭介が帰宅したとき、
ケイトは彼のマンションの部屋を片づけていた。

「あれ? 来てたんだ」
「当たり前じゃないですか、私が他にどこに行くんですか?」
「自分のアパートがあるじゃないか」


彼女は圭介の言葉など、まったく気にせず、
易占いに使う筮竹(ぜいちく)を圭介に見せる。


「師匠、これ何ですか? あっちの部屋で見つけたんですけど」
「ああ、それは古くから伝わる占いで使う道具だよ」
「へえ、おもしろい」
「昔、もらったんだよ。本当言うと僕も使い方知らないんだけどね」
「ふう〜ん」


ケイトは適当にじゃらじゃらして、一本の竹棒を選ぶ


「おお、まったく知らないのに様になってるよ、ケイト」


彼女は誉められたと思い、嬉しそうな表情になる。


「師匠、これにまつわるお話、何かしてくださいよ」
「う〜ん、そうだな。高島嘉右衛門(たかしま・かえもん)かな…」
「ぜひ、お願いします」


「高島嘉右衛門というのは江戸時代の有名な易者で、小さな頃から論
 語を素読したり、四書五経をほとんど暗誦できた頭のいい人で…」

「う〜ん、何かそんな難しい話は苦手です」

「ああ、そっか、そうだよね。ケイトには馴染みがないよね」
「ごめんなさい」
「じゃあ、彼が易占いで人を助けた話をしようか」


圭介の話はこんな具合だった…


嘉右衛門はある母親から 彼女の子供が重い病気なので助けてほしい
と相談を受ける。それで彼が易で占うとその子の生命はもうダメとい
う卦が出る。

ふつうはそれで終わりなのだが、彼はなぜかダメと思われる卦に、か
すかに希望を感じる。それでその子の母親に早急に治療すれば治るか
らと鍼治療を勧める。

するとその母親は「若宮」という鍼師に診てもらうと答えた。嘉右衛
門の出した卦には治療に関しては「宮」という文字が出ていたので、
これはよい運の流れだと確信したという。


「へえ、嘉右衛門という人は超能力者みたいですね」
「たしかに奇跡みたいだけど、易って遺伝子と関係してるって説もあるんだよ」
「そうなんですか?」

「ただ、僕はこの筮竹が、人間のDNAが発している固有振動数と
 共鳴しやすい道具なんだと思ってるんだ」
「これがDNAと?」


ケイトは不思議な顔をして筮竹を振りまわしてみた。


「でも、僕が興味を持つのは、本当は治らないはずの子供が、
 彼が希望を感じたら、それが治る方向に環境が動き始めたことだよ」

「どういう事ですか?」

「つまり、嘉右衛門という人物の判断によって『本来の運命』とは
 異なる運命に、その子供の人生は分岐したんじゃないかと…」

「じゃあ、人間の意志や意識次第で、運命も変わる余地があると…」
「そう、そういうこと」


圭介も筮竹の束から一本を引き抜き、ケイトに話しかけた。


「素粒子が観測する人の意思を理解して、粒子になったり、
 波動になったりするのと似た状況が、占ってもらう人と
 占う者の間にも起こるんじゃないかな、と思ってる」


「師匠、本当はもっと何か考えてるんじゃありませんか?」


「まあね、実は嘉右衛門が助けた子供は『別の運命』に分岐したのではなく、
『別の宇宙』に飛び込んだんじゃないかって思ってるんだよ」


「ええっ、それって『超ひも理論』と似てますね、多次元空間がどうとか…」


「そうだね、SF小説で『パラレルワールド』って題材があるんだけど、
 並行する別の宇宙とか、別次元の世界で、自分とまったく同じ人が暮らし
 てるって話」


「ああ、私、そういうの大好きです」


「嘉右衛門という易者は、ある意味で次元切り替えをする触媒みたいな役目を
 担ってて、そんな人が真剣に他人に向き合って祈ると、祈られた人は別の
 宇宙や次元で生きるようになってしまうんじゃないか、って想像するんだ」

「へえ、占い師がその人の未来を変えてしまうかも知れないわけですね」
「だから、よく当たる占い師は、真剣に神様に祈る人と言えるんじゃないかな」


二人は筮竹を振りかざしながら笑った。


「そういえば、掃除してくれてたんだよね。ありがとう。ケイト」
「ああ…、違うんです。引っ越しの準備です」

「えっ? 誰がどこに?」
「は〜い、私が師匠の隣の部屋に…」
「えっ? いつそんな話ししたっけ?」

「これから師匠に相談しようと思ってたんです」
「ええっ!」


しばらく圭介は開いた口が塞がらなかった。


「それで師匠、家賃と水道光熱費ですけど、9:1でどうです?」
「えっ! 僕が9で君が1?」
「そうです。貧しい女子大生なんですから、いいじゃないですか」

「ふつうは、せめて6:4だろう」
「じゃあ、8:2 可愛い弟子の頼みですよ。それに私がいれば
 洗濯でもしますし、料理も上手ですよ」

「何言ってるんだ、くそ〜。たしかに料理はうまいが…。じゃあ7:3」
「はい、分かりました。じゃあ、7:3ということで…」


圭介は完全にケイトにのせられていた。費用を負担する割合を決
める前に、同居していいのかどうかの話は完全に宙に浮いていた。


「あと、師匠、私たちまだ結婚する前なんですから、プライバシーは
 守ってくださいね。特にお風呂に入るときや部屋に入るときには…」
「おい、結婚するって誰も約束してないだろう!」


ケイトはその言葉には何も言い返さず、笑顔で台所に向かう。


「それで、いつから引っ越してくるの?」
「今日からです。今まで住んでたアパートの契約切れたんです」
「えっ? あ、ああっ、そう…」


圭介はこれから弟子との奇妙な共同生活がはじまることに多少の恐怖
感を覚えつつも、彼女のつくる料理を目の前にすると、まあいいかと
思ってしまうのだった。



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