朝、圭介は一本の電話を受けた。
以前、東京の銀座で縁になった元クラブのママ玲子が 彼を夕食に誘う電話だった。
待ち合わせのレストランで…
「お久しぶりですわね、先生」 「いえ、こちらこそお久しぶりです。え〜っと…」
「うふふ、娘の晴香です。もう長い間会ってませんのでお忘れでしょうね」
「ああ、すみません。思い出しました。米国に留学されたんでしたよね」 「はい、先生。先生のお蔭で両親も納得してくれまして。無事卒業できました」 「もう、そんなに年数が経ってたんですか。いや〜、なつかしいですね」
晴香の運勢は四柱本体に比肩が多く、 五行比肩に星が集まる比肩大過(ひけんたいか)で、 とにかくマイペースに人生を送るタイプだった。
比肩には「生地を離れるほど運勢は安定する」との性質があるため、 圭介は晴香が米国に留学したいとの希望に賛成した。
「あのときは主人も私も晴香が近くにいなくなるのが淋しくて反対で した。でも、今となっては先生のアドバイスに感謝してるんです」
「そうでしたか? でも、私が言ったら案外簡単に受け入れて下さいましたよね」
「以前、市議会議員のM先生の選挙で、先生だけが僅差で勝てると言 ってくださったのを覚えてたんです。それで、私の主人も先生の言う ことなら信じてみようと決めてたんです」
「あのときたしか『一期だけなら勝てる』と言ったのですが、その後は…」
「はい、先生のお言葉通り一期だけでお辞めになりました。わずか 3000票差でも勝ちは勝ちですが、薄氷の上を歩くような結果 でしたので、さすがのM先生も肝を冷やたようです」
晴香はちょっと緊張気味だった
「そういえば、米国はいかがでしたか? 晴香さん」 「あっ、はい。すごく充実してました。ホームステイ先の方々もいい人たちで…」
玲子はいつもよりおとなしい娘の姿を見ながら口を開いた。
「米国に行って最初の頃、ホームステイ先から国際電話があったんです。 こんなステキな女性を見たことがない。ぜひ将来息子のお嫁さんに お願いしますって…」
「それはすごいですね」
「ええ、でもそのときは信じられなくて『それはウチの娘とは違います』 なんて答えたんですよ。日本では親に反抗しっぱなしの娘でしたから…」
晴香は照れくさそうに下を向いた。
「晴香さんのように、比肩という運勢の星をお持ちの方は海外に行く と人が変わったと評価されることが多いですよね」
その言葉に晴香は、まっすぐ圭介を見つめ、
「先生、先生はまだ独身なんですか?」 「えっ? あっ、はい、まあ独身ですよ」 「あの、だれか好きな人がいるんですか? 結婚を約束した人とか?」
思いもしなかった質問に、圭介は飲んでいた水をつっかえてしまった。
「いえ、あの、まあ結婚しようと思ってる人はいないんですけどね」 「ええ、本当ですか? よかったあ!」 「えっ?」
「実は、今日、先生にプロポーズしようかと思ってたんですよ」 「えっ!」 「先生、私のこと嫌いですか?」 「いや、そんなことはないですけどね」
予想外の展開に圭介はしどろもどろ…
その姿に母玲子は女の勘が働く。
「先生、本当はもうお気に入りの方がいらっしゃるんじゃありません?」 「いえ、そういう人はいな…」
そのとき晴香が窓の方をじっと見ながら
「ねえ、お母さん、あの人さっきから何しているのかしら?」 「えっ? どこ?」 「ほら、あのホテルの電気のついてる丸い看板のところにいる女の人…」 「えっ? あっ〜ほんとう。何をしてるのかしらね」
圭介も目を凝らして、奇妙な動き方をする人物を見つめた。
「ん、う〜む。あれは…」 「先生、あの方、ご存知なんですか?」 「はい、一応私の弟子でして…」 「弟子? たしか先生は弟子を取らない主義では」 「ええっ…、飲み屋で運勢をみた後、弟子にしろって押しかけてきて…」
「でも、先生、あの方。何か奇妙な動き方してますね」 「はあ…、たぶん、金星の太陽面移動を再現しているのだと思います」
しばらく3人は笑った。その後、玲子は娘を見ながら
「晴香、先生にあんまりご無理言っちゃダメよ」 「は〜い。でも先生。私のこと、ちょっとは考えておいてくださいね」
「は、はい。ちゃんと考えますので…」
「フフフ、先生ってお優しい方なんですね。 あの外でこちらを見ている方も、そんな先生が好きなんですよ」
「はあ〜」
圭介は返す返事に困りながら、ケイトの動きを見つめていた。
「昔から、僕の周りには変わった人ばかりだったんですけど その中でも一番変わったのが、今、僕の身の周りを回ってる気がします」
玲子と晴香は微笑ながら席を立ち、駐車場で圭介に挨拶して別れた。 それから、すぐにケイトが圭介の後ろに来て背中をつつく。
「ねえ、師匠、疲れた〜。オンブ〜」
圭介は仕方ないなという顔で、すぐにおんぶの体勢になった。
「今日だけだからな」 「わ〜い、今日から毎日」 「ちがう、今日だけ!」
ケイトは嬉しかったが、その実、癒されたのは圭介の方だった 久しぶりに人肌の温かさに触れて、彼は言葉をなくしていた。
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