圭介は東京で生まれ育ったが、今は地方都市に暮らしている。 ほんとうに平凡なサラリーマン。
ところで、圭介には占い師という顔がある。
でも、その多くは彼の古いお客がほとんどで、 年が明けると「今年の運勢はどう?」と電話してくるくらい。 今の彼には「占いで稼ぐ」ということにまるで意識がない。
ケイトは繁華街のスタンドバーでバイトしているのだが、 たまたまカウンターで圭介が彼女の運勢を観たのがキッカケで 押しかけるように弟子入りを願い出てきた。
なんど断っても自宅にやってくる彼女に、圭介は根負けした。
今ではケイトから「ねえ、この人の運勢どう?」と言われると ノートパソコンを立ち上げ、あれこれ説明している。 よく当たるのでケイトは東洋の神秘とか言って喜んでいる。
日本に来て、主にテレビを見ながら日本語を覚えたと 言っているが、彼女の日本語は少したどたどしい。
でも、そのたどたどしさが外国人客ばかりでなく、 日本人客にもウケる原因でもあるらしい。
とにかく、彼女はこの界隈では人気者で、客相手の雑談のついでに いろいろな相談を受けたりするのだ。
今日も彼女は走り書きのメモを圭介に手渡すためにやってきた。 そこには夫婦である男女の名前と生年月日が書いてある。
「衰…、これ『すい』と読むんだけど、女性の命式にこの星があると 子供のことばかり熱心になって、夫は見捨てられる運命にあるんだよね」
「I can't believe it. He gets the life that you say.」 (信じられない! 彼はあなたの言った人生を送ってるよ)
彼女は圭介といるときは、ときどき英語かフランス語が飛び出す。
「師匠…、その『衰』という星は私の運勢にはあるの?」
「えっ〜と、ケイトにはないよ。むしろ食神(しょくしん) という星があるから、甘え上手で、夫には可愛がられるよ」
彼女は嬉しそうに笑って、その男性へのアドバイスを待った。
「彼はムリに自分の存在を家族にアピールする必要はないと思う」
「それじゃあ、彼は家庭の内で孤独なままかも知れませんよ」
「大丈夫、『ありがとう』と『ごめんね』という言葉を 機会がある毎に、笑顔と一緒に彼の家族に投げかけてあげれば…」
「それだけ?」
「そう、今はそれだけ。小さな変化みたいだけど、それが毎日続くと 否が応でも環境が変化していくのを、そのうち実感できると思うよ」
「分かりました。大きなことでも、最初は小さな一歩からですね」
「ああ、忘れてた。ちょっとした握手だけでもいいから奥さんとの スキンシップをとるように心がければ全然違うと伝えて…」
彼女はそれを聞いて玄関を出た。でも、また戻ってきてドアを開け、
「ああ、師匠。今晩はビーフストロガノフですからね! 楽しみにしててください」
ビーフストロガノフ…。
ロシアの代表的な料理で、名前はちょっと堅苦しい気もするが、 意外と簡単にできる。料理に関心の薄かった圭介がそれを知った のはケイトのお蔭だった。
すでに台所にある冷蔵庫には、その材料である薄皮の牛肉、玉ネギ、 マッシュルーム、赤ワイン、ローリエ、生クリームが準備されている。
“男性は食神をもつ女性を奥さんにするといいかも知れないな…”
彼は内心そう思った。でもその一方で議論好きのフランス人を奥さん にするのは、どうなんだろうかという思いも湧き出していた。
気ままな独身生活を送ってきた彼にとって、 それはちょっとした心境の変化だった。
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