20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:疑問 作者:musasabi

第3回   山村
頭をゆすられているような感覚を覚え、俺は目を覚ました。
枕元の携帯が振動している。アラームかと思って画面を見ると、着信だった。山村と表示されている。
携帯をとって耳に当てる。初め、向こうからの反応はなく、少しの間、沈黙が続いた。
「田村?」
向こうの一声で、沈黙が破られる。
「山村か」
「田村。えっと、その」
山村は何か言葉を探しているようだった。頭をかく山村の戸惑った表情が目に浮かぶ。
「調子はどう?」
山村が頭をひねって何とか絞り出した言葉なのだろう。
調子?そんなこと考えてもみなかった。思わず笑ってしまう。
「昨日の葬式、行けなくてゴメン」
慌てて俺の笑いをかき消すように山村は言った。
「昨日は急に朝から仕事が入っちゃって、最期くらいは仕事を休んででも会いに行こうと」
「別にいいよ」
俺は言った。別に気にしてはいないが、来れなかったことを山村は悔やんでいるのだろうか。
「遥花さん、残念だったな」
山村がかすれた声で言う。俺が慰められているというのに、山村の痩せた背中を想像すると、むしろこっちが悲しくなってくる。
大学で初めて会った時もそうだった。
授業前の騒がしい大教室の隅っこで一人、食べかけの弁当をしまう山村の痩せた背中には哀愁が漂って見えた。
一年生だったその頃の俺も、まだ学校や友達に馴染めずにいたが、六歳のころから柔道をやっていたこともあって、俺は山村に比べて肩幅が広かったし、それに俺は別に友達がいないことを気にしていなかった。山村も友達がいないことについて嘆いていたわけではなかったが、その痩せた背中が山村の悲しい心中を語っているように思えた。
お互いが暇になると、場所に関係なく俺たちは会っていたが、俺からすれば山村が友達であるという意識はなかった。というか、俺にとっては友達という定義自体が謎であるのだが、それを考え始めたらきりがない。暇なときにいつでも会える、という点で俺らは結びついていた、ただそれだけのこと。
「今度飲もうか」
急に明るい声で山村が言った。俺が今までに聞いたことのない声のトーンだった。
「どうした」
「いや、僕ら二人で飲んだことってないだろう?」
「そりゃ、そうだけど」
飲むだと?自分の妻の喪に服している俺と一緒に、うまい酒が飲めるとでも思っているのか?普通の人から言われたならまだわかる。だが、山村に関しては違うような気がする。
何だか怖い気がしてきた。山村の痩せた背中を見ていた限り、俺は山村という人間を完全に把握しきっていたように思っていた。無口で、顔色の悪い、いつも一人でいる奴。それが山村のすべてだと思っていた。高をくくっていた。しかし、遥花の死という折に、俺がまだ知らない山村が現れたような気がした。
人間は知らない、わからないという感情を恐怖と結びつける。だから人間は、自らが把握しきれない幽霊やら、宇宙人やらに恐怖するのだろう。今の俺にとっての山村は、人間にとっての幽霊やら宇宙人やらに似たような存在なのかもしれない。それくらいに俺は、今の山村を把握することができない。
「じゃあ、いつ飲むよ?」
俺は聞いた。山村はどう答えるだろう。俺を慰めるための思い付きで言っていたとすれば、山村はいつものように言葉に詰まり、戸惑って頭をかき、時間をかけて頭をひねって、何とか答えを探し出すんだろう。いや、そうに決まっている。
「近いうちに」
薄っぺらい携帯の向こうから、山村の明るい声が響いてきた。
「一週間後くらいには」
その声は確信に満ちているようだった。
俺はいよいよ山村を見失った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 604