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作品名:かりそめ 作者:空人

最終回   2
私の方に地方への転勤話が出て、本当は、そのことを相談したかったのだが、
彼女の方もボーナス商戦の真っただ中とかで、
連日残業続きらしく、会える機会がないまま、

盛岡支社への転勤が、正式に決定したのだった。

「あの、もしもし、俺だけど...転勤が決まったよ。やっぱり盛岡だってさ」

「え、ホントに?いつ行くの?いつ頃まで?」

「さあ、いつまでかな?来週には、引っ越すよ、取り敢えず、社宅に入る」

「そんなに急に....私どうしよう.....」

「どうしようって、一緒に来てほしいって言ったら、君、来てくれるの?」

仕事が面白くなってきたと、話していたばかりの君が、仕事を放り出して、ついてくるとは、
思わなかったが、ちょっと甘えてみたかったのだ。

「うん、すこし考えさせて、私もいっしょに行きたいけど......でも今は.......」



盛岡の街は、私が想像していたより、ずっと都会だった。
その街から、国道を北に少々走り、風景の緑が濃くなってくるあたりに、
営業所はあった。
私は、赴任した翌日に、営業車を与えられ、とりあえずは現場周りを命じられた。
現場監督は、少々気が短いが実は、気のいい男で、営業所では、最初に仲良く
なった。今日は、農家の若夫婦が施主の二世住宅の現場で行きあった。

「おう、柴田。なんだか冴えねえ顔してるな、今夜街まで繰り出すか?おめえのおごりでよ」

そう言いながら、缶コーヒーを放ってくる。私は、タバコを差しだしながら、肩をすくめてみせる。

「俺は、そんなに暇じゃないの、町田さんこそ毎晩飲んで歩っていて、奥さん大丈夫なんですか?」

私は、タバコをくわえたまま、営業車に乗り込み、次の現場にむかった。
新緑の葉がくれに、初夏の陽光がまぶしい、私はダッシュボードから、取りだしたサングラスを
かけ、FMのボリュウムを少し上げた。高中正義の「ブルーラグーン」のギターが心地よい。



社宅の近所に感じのいいスナック喫茶をみつけ、そこに晩飯を食べに行くことが日課になった。

営業所から、帰って、シャワーを浴びてカンビールを一本飲むとサンダル履きで、
ペタペタと歩いて行く。
タバコが切れていれば、銭湯の隣の雑貨屋でハイライトを買って行く。

40位のママさんがひとりで切り盛りしている小さな店だが、メニューが豊富で、
勘定が安いのが、気にいった。
ママさんは、美人とは言えないが、笑顔がちょっと可愛い人だ。

店の名前は、「かりそめ」........

その店に、先週からバイトの女の子が入った。なんでもママの知り合いの娘で、
昼間は、専門学校に通っているらしい。
小柄な娘で、高校生くらいかと思ったが、今年19歳になるとのことだった。

本社勤務の時は、接待も頻繁で、また上司との付き合いもあり、10時前に帰宅することは
ほとんどなかったが、営業所では、接待などなく、上司といっても、営業所長だけで、所員は
現場関係者以外では、パートの事務員が一人いるだけだった。

そんなわけで、格段に帰宅時間が、早くなり、その分夜も長くなった。

彼女からは、夜遅く電話がくることもあるが、いつも仕事の話ばかりだった。
それも多忙を嘆く、うれしい悲鳴といったところで、
営業所くらしに、やや飽いていた私には、なんとなく取り残されたような、
みじめな気持になるのが嫌で、最近では、ずっと留守番電話にしてある

彼女は、それでもべつにかまわないのか、留守電に声を吹き込むこともなく、
そのうち電話そのものが掛かってこなくなった。

その日は、現場でトラブルがあり、珍しく帰宅が10時ころになった。


今夜は、弁当でも買って帰るかと、コンビニに立ち寄った。
弁当を適当に選び、週刊誌を選んでいると、背中をつつかれた。

「柴田さん?、やっぱりそうだ、スーツなんて着た姿見たことないから、人違いかと思ったけど、
今、帰りですか?でもスーツ姿、かっこいいですね、いつものスウェット姿もいいけど......」

スナックのバイトの女の子が、ちょこんと頭を下げた。

「やあ、君か、今日はお店休み?」

「はい、ママさんのお兄さんが、入院されたとかで、臨時休業です」

「そうか、じゃやっぱり行かなくてよかったな。今夜は、珍しく遅くなってね、これからお店で、
食事を出してもらうのも悪いかと思って、まあ、弁当で我慢するかと、ここに立ちよった
わけ」

「ふーん、柴田さんって、彼女とかいないんですか?一緒に晩御飯食べてくれるひととか?」

女の子は、店では、どちらかと言うと無口なのだが、普段は結構おしゃべりなようだ。

「彼女か......いるよ、でも遠距離恋愛ってやつかな、都会のデパートでバリバリ仕事をしている
キャリアなんとかってやつだ」

自分でも、あきれるくらい嫌味な口調だった。

「そうかあ、彼女いるのか、そうですよね、柴田さんかっこいいもんね、エリートって感じだし」

「エリートは、こんな田舎に飛ばされないの。それにかっこいいって、そんなわけないでしょうが」

「でもママさんも言ってましたよ、柴田さんって雰囲気あるよねって、それにすごく優しいし..」


「柴田さん、覚えていないと思うけど、私があの店でバイト始めたころ、薬買ってきてくれたんですよ、
私、それまでスーパーの鮮魚売り場で働いていたので、掌がすごく荒れていたんです。
それで、私の掌を見て、なんでそんなに荒れてるんだって、そしたら次の日、薬を持ってお店に来たの、
なんだかよくわからないから適当に買ってきたよって、どさって、渡された。
私、びっくりしちゃったんです。なんなんだこの人はって...でも嬉しかった。」

そういえばそんなことがあった。びっくりするくらい赤切れができていて、君なんで、そんなに
働いているの?って聞いたんだっけ、
そうしたら彼女は、
「私、働きながら学校へ通っているんです。だから仕事しないといけないんです。」
少しだけ唇の端を吊り上げてそう言った。



「もう遅いから帰りなさい。俺も帰って弁当食べて寝るよ。」


「はい、あ、そうだ柴田さん明日もお店来ますか?あの...晩ご飯、私と一緒でもいいですか?」

私は、なんだかよくわからないが、それでいいと答えていた。


コンビニを出ると、外は、しっとりとした夜気に纏われていた。

「19歳の小娘に...まさか....そんなわけないだろ......」

私は、ひとりごちて苦笑すると、夜露にぬれたアスファルトを歩きだす。

今朝出社すると、なんだか騒がしいので、何事かと思ったが、どうやらまた
現場でトラブルらしい、施主のわがままを現場が消化しきれないらしい。
監督がくってかかってくる。
「柴田、もうやってらんねえよ、いまさら床下収納を増やせだの、ロフトだのって、
そのくせ、仮住まいの契約が今月一杯だから早くしないとこまるとか、一体なんなんだ?」

「町田さん、すいません、今日先方に出向いてもう一度最終確認をしてきますから、それまで
待って下さい、ね、私に免じて」

「まあ、柴田がそう言うなら、今日一杯様子見るけどよ、ま、宜しくたのむよ」



まったく、こんな客ばかりで気がめいるが、自分が担当した物件である以上責任があるし、
所長に施主宅に赴くことを告げて、営業車に乗り込んだ。

途中駅前の和菓子屋により、折を買った、一応手土産のつもりだ。

結局最初のプランで落ち着いた。
監督に電話を入れると、あんたの頼みだから、なんとか約束の工期に
間に合わせるとのことだった。どうにか落着してネクタイを緩める。

監督に侘びのつもりで、このあたりで、醸造している酒を買って行くことにする。


帰宅すると、いつものようにスウェットに着かえ、缶ビールを一本飲むと、
例の店に出かける。

「いらっしゃい、柴田さん。カウンターでいいですか?」

カウンターから顔を覗かせた、陽子が迎える。

「うん、ビールをもらおうかな、それとスパゲティかなにか......」

ママが割って入ってくる。

「柴田さん、今日は、陽子ちゃんと一緒に晩御飯食べるんでしょ、彼女、お弁当作ってきたみたいよ。
スパゲティなんか食べてる場合じゃないわよ。」

そう言うとママは、ころころと笑った。
「それじゃごゆっくり、陽子ちゃん休憩でいいわよ。」

「あの、柴田さん、私サンドイッチとか作ってきたんですけど、一緒食べてもらえますか?」

「俺にごちそうしてくれるの?うれしいな」

「そんな、ごちそうなんて、たいしたもんじゃないですから、でもいいのかなって私...
彼女さんに悪いですよね」

「彼女ね、今頃仕事かな?それとも会食とか、そんなところじゃないのかな?」

彼女は、カウンターの上にサンドイッチや卵焼きなどをかいがいしくならべてくれた。
それほど器用というわけでもないらしく、と言うより不器用らしく、
散々悪戦苦闘した様子が微笑ましい。
手造りの弁当など作ってもらって、なんとも照れくさかったし、
どこかときめいている自分が、にくらしくもあった。


「そうだ柴田さん、これ私の宝物なんです」

陽子がなにやらごそごそと取りだしたのは、パウチした1000円札だった。

「これ、柴田さんが珍しく酔っ払ってお店に来た時に、お勘定のお釣りを私にくれたんです、
チップだよってふざけて言ったんですけど、その時の柴田さん、すごく優しい顔してた。
その日は、ちょっと嫌なことが重なった日だったんですけど、これをもらって、嬉しくて
嫌なことみんな忘れちゃった」

チップか...よく言うよ。
私は、苦笑しながら、焼酎のおかわりを頼むと、

陽子に向かって、軽くグラスを持ち上げて見せた。

「この次は、もう少しましなものを、プレゼントするよ、しかも素面の時にね.......」

陽子の半泣きの顔がグラスの向こうに滲んで見えていた。

かりそめの恋は、はじまり、そして季節の移ろいも待たずに、色あせた。




別れの夜、タクシーで私の会社に乗り付けた君の颯爽とした姿....

キャメルブラウンのコートをひるがえして、まっすぐこちらにやってきた君は、
婚約指輪を私のスーツのポケットに落とし込み、腕に軽く触れると、
待たせてあった車に乗り込んだ。

角を曲がるとき、君が振り返ったような気がしたが、
すぐ後ろにトラックが割り込み、見えなくなった。



スーツの胸ポケットからそっと指輪を取り出すと、

青白い月の明かりを鈍く照り返していた。





























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