昨夜は、少々度を越してしまったらしい、最近は、歳のせいなのだろうか、 どうも酒が残ってしまうようだ。 もともと酒を飲むことにあれこれ理由をつけるタイプでは、ない。 だが、昨夜の酒は、少し違っていたようだ。
叫び出したい情念を酒瓶に吐き出し、コルク栓を叩きこんでは、みたものの、 あふれ出してくる思いは、とめどもなかった。
それでも7時に携帯のアラームをセットしてあるところを見ると、 「現実」というやつにはまだ、未練があるようだ。
バリバリと音がしそうな背中を、ベッドからひきはがし、 ダークスーツに袖を通す。 やっとの思いで、コーヒーだけ流し込んで、 あわただしく、腰を上げる。
キーホルダーのリングに指を引っかけ、テーブルからすくい取ると、 タバコと携帯をひっつかみ、スーツのポケットに放りこむ。
部屋のドアを一度振り返り、小さくため息をつくと、 勢いよく階段を駆け降りた。
書類の入った、会社の封筒を脇にはさみ、駅への道を歩き出す。 多分今日も、いつもと同じ歩数で、たどり着くはずだ。 すれ違う人の顔もいつもと同じ、何もかもが変らない。
満員の電車の中で、みんな、何を思って、
一人ぼっちの部屋では、何を悩むのだろうか?
車内の中刷り広告の中で、こぼれる笑顔を見せる彼女も 一人帰る部屋の隅で、膝を抱えることなどあるのだろうか?
月曜日の早朝会議なんて、一体だれが言い出したんだろうか? まったく、どういうつもりなのか...
恐ろしく退屈で冗長な書類を、ぼんやりとめくりながら、 そんなことを毒ついてみる。 やたらと湧き出す、あくびがを噛み殺し、ミネラルウォーターをがぶ飲みする。
会議室の窓から見える、隣の生命保険会社のガラスに朝日が反射して、 やたらとまぶしい。 今朝も気分とは、裏腹に快晴といったところだ。
あたりまえのこと... なんということは、ない。 昨日より、今日の方が、背負うものが少しづつ、増えていく。 ただそれだけのこと、
それは、しかたがないこと...
だけど今はもう、週末に見てた夢さえも、思い出せない。
あんまり、陽気がいいものだから、得意先に向かう列車を 知らん顔して、やり過ごした。
そして、反対側のホームに立つ。
線路をはさんで、後輩の営業部員が叫んでいる。
俺は、軽く手を振り、やってきた列車に乗り込んだ。
目がさめると、車窓の風景が、菜の花一色になっていた。
見知らぬ街の無人の駅に降り立つ。
潮風にやられたベンチに腰掛けて、足を投げ出し、空を仰ぐ。
あの頃の景色...過去がウインクしている。
そして俺は、置き忘れてきた、あの時を待つことにする。
陽炎の立つ、線路の果てにあるはずの、あの景色を。
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