目覚まし時計が数回鳴ったころ、山本タケシは無造作に右手を伸ばし、叩くようにして時計のアラームを止めた。目覚めたばかりの鈍い体を起こそうとするが、自分の意思に反して体が言うことを聞いてくれない。結局、タケシが起きたのは10分後のことだった。
起きてすぐ洗面所に向かい、冷たい水を顔いっぱいに浴びた。朝食にはいつもパンとコーヒーを摂取する。食生活にあまり気をつかう方ではないのだろう。朝食を摂りながら新聞に目を通す。時計の針は朝の9時を指していた。
アルバイト先の「スーパーくぼむら」に到着したのは午前10時。慣れた手つきでタイムカードに開始時刻を記入する。
タケシの担当持ち場はレジである。ひたすら商品の合計金額を計算し、目の前の消費者からお金を受け取り、お釣りを渡す。最近では商品をレジ袋に詰めることもしなくなったため、非常に楽な作業だ。しかし、どんな仕事にも辛いことはあるもので理不尽なクレーマーに当たった時と、この単純作業に飽きた瞬間は、すべてを投げ出して、沖縄の青く透き通った海を見たくなる。もっともタケシには旅行に行けるほどの甲斐性はない。
「お疲れ様でした」
夜の7時、帰り際にタイムカードに終了時刻を記入する。金額を誤魔化されないように、自分が所持しているメモ帳にも開始時刻と終了時刻を記載しておく。なぜなら、スーパーくぼむらの支配人である戸沢敬三は「ど」がつくほどのケチで、金額をちょろまかすという噂があったからだ。しかし、働き始めてもう2年経つが一向にそんな気配はない。噂は所詮噂なのだな、それにしてもちょろまかすって言葉が可愛いな、なんて思いながらタケシは帰路についた。
夕飯は、スーパーの残り物の惣菜を半額以下の値段で仕入れたものだ。食生活には困らないのがスーパーで務めている利点だ。
夕食を済ませた後は、お風呂に入り、テレビを見て数時間を過ごし寝る。
「今も、明日も、明後日も、ずっと延長線みたいなものだな――」
そう静かに呟き、また次の朝を待つ。これがタケシの日常だ。
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