ぼくが中学生のころ、父が子犬をもらってきた。シェパードの雑種という話だったが、シェパードらしいのは胴体の色が黒いとこくらいで、耳がたれてボンヤリとした顔つきは、とても頭が悪そうに見えた。 体は小さいが、サカリだけはいっちょまえについてるらしく、物干しの柱につないでおいたら、それにしがみついて腰をカクカクと振り出したので、カクと名づけた。 不思議なことに、カクはいつまでたっても体が子犬のように小さいままだった。しかし、サカリだけはますます盛んになり、妹がそばを通れば、足にしがみついてカクカクと腰を振り、庭の梅の木につなげば、木の幹にしがみついてカクカクと腰を振り、散歩に連れて行けば、数歩も歩かぬうちに、飼い主の足にしがみついてカクカクと腰を振るので、いっこうに散歩にならなかった。 家族だけの間でなら笑い話ですんだが、町内で1といわれる美人の奥さんが回覧板を置きに来た時、少し緊張気味の顔をした父が応対している間中、その横で、梅の木にしがみついたカクが、カクカクと盛んに腰を振り続けていたので、さすがの父も怒り狂い、自転車でカクをどこかへ捨てに行ったのだった。 カクがいなくなってから半年たったある日、町の外れの山の中にあるK君の家に遊びに行ったところ、その近所のY君の家の庭で、餌を食べているカクを発見した。 「あの犬、Y君の飼い犬?」 と、ぼくが聞くと、 「いや、山にすんでる野良犬だよ。Yのウチじゃ、ああやって野良犬に餌をやってるのさ」 と、K君は答えた。 『オヤジのやつ、意外と近い場所にカクを捨てたんだな。今に家に帰ってくるんじゃないか?』 そう思ったが、やはりちょっと頭が馬鹿なのか、カクが家に戻ってくることはなかった。 ある日、K君が親から買い物を頼まれ、ぼくも付き合った。食料品店で、米や醤油の一升瓶や缶詰などをダンボールに詰めてもらい、自転車の荷台に乗せて、その自転車を押しながら山中の坂道を上っていると、坂の頂上で一匹の犬がこちらをジッと見ているのに気づいた。 『あの体の小ささは、カクだ』 そう思ったぼくは黙ったまま回れ右をして、K君を置き去りにしたまま坂道を駆け下った。途中で振り返ると、自転車を持ったままポカンとしてこちらを見ているK君の足に、坂の上から走ってきたカクがしがみつくのが見えた。 「うわあぁぁっ!なんだこの犬は〜っ!」 いきなり足にしがみつき、カクカクと腰を振るカクに、驚きをとおりこしたK君の叫び声と、ガシャーンという音が山中に響き渡った。カクの腰の動きの激しさに、たまらず自転車を倒してしまったのだ。 そのあとぼくは後ろを振り向かず、一目散に坂を駆け下り、そのまま家まで走って逃げた。
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