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作品名:エンドロール・レシピ 作者:和久井 冬樹

第2回   空と少年
 あまりに乱暴なノックに眉をしかめながら、千花はのぞき窓から来訪者の顔をうかがった。金髪を肩まで伸ばした、仏頂面の男が立っていた。いらいらと小刻みに体を揺らしている。見覚えのある顔だな、と思った瞬間、また乱暴にドアをノックされ、千花は慌ててドアから一歩飛びのいた。
「これじゃ、まるで借金取りね」
 しかも大変ガラが悪い類の。
 誰に言うとでもなくつぶやく。と、背後から例の青年が服の裾を引っ張ってきた。見た目は20代半ばなのに、その仕草はなんとなく子どもっぽい。

「言わないでください」
 千花のシャツをぎゅっと握りしめながら青年は言った。
「僕がここにいるって、絶対言わないでください」
 必死の嘆願と、すがりつくような視線を浴びて、千花はう〜んとうなった。
 元来、面倒くさいことは嫌いである。だが、この青年を部屋に入れてしまったせいで、彼をとりまく「面倒くさい」ことからはしばらく逃げられそうになかった。

「わかったわかった。だから引っ張らないで。伸びるから」
 そう言うと、青年はあっさりと手を離した。後ろ手で伸びてしまった服を直す千花。
「あんた、奥に行っていなさい。そこに突っ立ってたら、私が言わなくてもあんたがいるってばれちゃうから」
「はい」
 素直にうなずいて部屋の中へと戻る青年。やっぱり外見が大人びているだけで、自分よりだいぶ年下なのかなあと千花は首をひねった。
 私も一応、まだ24なんだけど。

 念のためにチェーンをかけたところで、玄関の男がまたドアをぶん殴る気配を感じた。
 先ほどから繰り返される横柄なノックに、いい加減頭に来ていた千花は、男がドアを殴ろうとするまさにその瞬間、勢いよくドアを押しあけた。

 ごん。

 鈍い音がして、男がひっと悲鳴を上げるのが聞こえた。
 隙間からひょいと顔をのぞかせる。男は右のこぶしを押さえて身もだえしていた。
「あー、ごめんなさい。ぶつけちゃいました?」
 心にもない謝罪の言葉を吐き出して、千花はぽりぽりと頭をかいた。
「あんまりすごいノックだったから、早く開けなくちゃと思って。ごめんなさいねー」

 目にうっすらと涙さえ浮かべて顔を上げた男を見て、千花ははっと気がついた。
 こいつ、お隣さんの彼氏 (オトコ) だ。

 千花の左隣の部屋には、上川 夕実 (かみかわ ゆみ) という女性が住んでいる。
 金髪パーマ。こてこてメイク。どぎつい香水。この近くのキャバクラで働いているらしい。結構売れっ子らしいが、千花は苦手なタイプの女だ。
 いつぞやだったか、その上川 夕実とこの男が、手をつないでゴミを捨てに行くのを見かけたことがある。男はまるで天にも昇ったかのような甘い笑顔を浮かべていたのに対し、夕実の方がいかにも作りっぽい笑顔を張り付けていたのが印象に残っていた。あるいはお客の一人だったのかなと、そう思った覚えがある。

「この部屋に、男が逃げてこなかったか」
 ぶつけてしまったこぶしをズボンでゴシゴシやりながら、男は鋭い声で尋ねた。すごんでみせたつもりだったのだろうが、残念なことに目にまだ涙が残っており、怖さは全く感じられなかった。
「はあ。いえ、気づきませんでしたけど」
 千花は大げさに肩をすくめて見せた。ふと、あの青年も上川 夕実のオトコなのかと考える。だったら幻滅だな。少し頼りないけど、誠実そうなやつに見えたんだけれど。

「ベランダを伝って逃げ出しやがった。この近くにいるのは間違いないんだ。4階だから下には降りられねえ」
 歯ぎしりさえしかねない勢いで言う男。その様子を冷めた目で見つめながら、千花は心の中でため息をついた。
 ああ面倒くさ。早く帰ってくんないかな、この男。
「ふーん。ここのベランダ、同じ階は皆つながってますもんね。逃げようと思えばもっと遠くの部屋まで行けるんじゃありません? あ、それに非常階段ついてますから、どっかから下に降りちゃったかもしれませんね。少なくとも、ここにはいませんよ」

「そうか……」
 もう少し食い下がるかと思ったが、意外にも男はそれ以上詰問してこなかった。やれやれと思いながら、千花は何気なく男に尋ねた。
「でも、その男がどうしたんですか。何があったんです」
 それを聞いた瞬間、男はぐいと顔を近づけてきた。目が血走っている。どこか、怒り狂ったブルドッグを思い出させる顔だった。

「もし、やつを見かけたら、」
 押し殺した声が、逆にその男の抱えた強烈な憎悪を感じさせた。
「二度と俺とみぃこの前に現れるなと言っておけ。所有権はみぃこに破棄させる。いくらみぃこの所有物だからといって、なれなれしく居座ることはこの俺が許さない」
 みぃこ、というのは上川 夕実のことだ。働いているときの源氏名が確かみぃこだったはずだと思い当って、千花は背筋がうすら寒くなるのを感じた。

「分かったな」
 そう言うと、男は荒々しい足音を響かせて去っていった。そして、また隣の部屋のドアを乱暴に叩き始める。ドアに元通り錠をかけると、千花は声に出して、大きくため息をついた。
 お隣さん、ロクな人間関係してないな。それにしても、言うに事欠いて「所有物」って何よ。気色悪い。

 むかむかしながら部屋に戻ると、青年は体育座りをしてうなだれていた。ふと、その首筋に目がいく。そして千花ははっとした。
「あんた、まさか……」
 千花に気づいて、青年が暗い顔を上げる。整った顔つき。長いまつげ。決して人に逆らわない柔和な態度。
 確かに、言われてみれば確かにうなずけると千花は思った。
 なるほど道理で、「所有物」なのだ――。

「あんた、アンドロイドなのね?」


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